2010年01月31日

【米:第1日目の2 2009/0924】ロスアンゼルス篇2:安ホテル健在也! 地下鉄レッドライン

 地下鉄(レッドライン)降りて、先ずは税サ込み¥4600で予約しといたホテルへ。

 アメリカビギナーにはちょっと治安面でびびりそうなダウンタウン。冷静に考えれば危険地帯ではないんですが、初心者にはちょっとハード……。翌日には慣れましたけどね。
 少し迷いつつ、その間にコンビニなど確認(物価もチェック)。なんとか辿り着きました。

 セシルホテルはやたらデカい。建物は古いんですが14階とかありますし。そんなところにバストイレなしの小部屋が無数……700もあります。

 部屋。狭くはないです。頑張って改装すれば室内にバストイレ付けられるんじゃないかって程度には。


 真ん中のドアはタンス。床は絨毯。掃除はされてるのでそこそこ清潔。
 ただ、設備はなんにもないです。天井には裸の蛍光灯しかないし。お湯も無い(アメリカは水道水飲めるらしいのでシビアな問題ではないですけど)。冷房無いのは仕方ないとして、扇風機もないのは暑いロスアンゼルスではどうかと思うんですけど……。
 あんまり清潔じゃないけど最低でも冷房とシャワー・トイレのあるアジア系の安宿と、優先順位についてあれこれ考えさせられます(苦笑)。

 宿時代の治安は悪くないはず。向かいには女の子のふたり連れとか泊まってましたし。ベッドがクイーンサイズなので、一応は二人部屋ってことになるんでしょう。


 廊下。ボロいと思うか風情があると思うか……。
 無骨な配管の露出と、優雅な隅面飾りや間接照明とのアンバランスがなんとも。


 共同のバス・トイレ。掃除はされてるので清潔感はあるんですが、ここも「紙」とか「フック」とか大事なものが欠けてるような気がします。


 12階からの眺め。


 フロアプラン。Eの字であることが分かります。ロスアンゼルスの古いビルではこの作りが多いようです。


 ロビーはやたら立派。時が止まったままの空間といえばいいのでしょうか。
 昔はそれなりのホテルだったけど、設備が古いままなので時代にとり残されてという感じがします。

 とりあえず、荷物をおいてカメラだけもってお出かけ……。ロスアンゼルスは特にお目当てはないので、取り敢えず一日券買ったメトロであちこち出かけてみようと。


 ホテル前の道。だだっ広く。そして空が広く。


 ホテル振り返って。値段を消した跡があります(笑)。


 ダウンタウンは日本だと保存だ取り壊しだ、で揉めそうな古風なビルが至極普通に立ち並んでいます。で、気がつきました。アメリカだと古い=ボロい(たぶんテナント料とかも安い)……。古いものにあんまり稀少価値がなさそうなんですよ、たぶん。
 あと地震が少ないので耐震のために立て直す必要が無いとか、土地が広いので再開発高層化のメリットがないというのもあるんでしょうかね。

 ちなみに数ブロック行った地下鉄駅付近にはモダンで無機的なビルが並んでましたが、こちらは何ともハイソな雰囲気が漂ってました(苦笑)。日本より新築には経済的価値が高いんじゃないかと想像します。


 レッドブルの広告自動車。この種の飲み物はコンビニに並んでます。




 古めのスクールバス、小さな窓や丸いお尻が印象的(日本なら1950年代のスタイル!)。一般の路線バスは低床化の流れもあり新型率が高いのですが、スクールバスは古風な車を多々見かけました。ボンネットバスの方が多数派のままですし。
 ところでアメリカだと小中学生って徒歩通学の自由もないんでしょうか? 治安とか交通安全考えると致し方ないんでしょうが。


 ここが南国だ、ということを感じさせる公園。背後には近代的なビルの並ぶ中心部。




 元はパシフィック電鉄が使っていたビルと、帰国後知りました。
 パシフィック電鉄と今のメトロの関係に関して記すと長くなりそうなので、また後ほど……。




 アールデコ剥き出しのビル。素晴らしい!


 アールデコ剥き出しの元映画館? 日本だと稀少価値のありそうなアールデコ系は唯のボロ建物でありふれてたりします。


 無人新聞スタンド。有料のと無料のと。


 連接式の新型低床路線バス。後輪のスキッド(カバー)がスマートさを盛り上げる。流線型の前頭に自転車掛けがあるのも微笑ましい。


 地下鉄入口。降水量の少なさを感じさせるオープンさ。やはり野外エスカレータ。


 自動改札設置済。乗車券によってはこちらを使う必要もあるみたいです。でも、基本は信用乗車制であり、改札横の通路をスルーして行く人多数。一日券もこちら。
「TAPカードは、タップしてください。紙の乗車券はそのまま通りぬけください」と書かれてます。


 レッドラインの電車。3ツドアセミクロスなので日本でいうところの近郊型っぽい雰囲気です。クロスシートの背は低いので、飽く迄通勤電車ですけど。


 レッドラインはユニオンステーションからハリウッドまでを結んでいます。先ずはハリウッドへ。


 延長を考慮したであろう終点部。電留線として使っている模様。


 天井の高い悠然とした空間。日本だとラッシュ時の客滞留用のコンコースを設けてしまうところですが、輸送密度が少ないとこんな作りに……。


 ハリウッドの駅は階段・エスカレータに屋根付き。特徴的なデザイン。


 特に興味もないので(苦笑)、今度はユニオンステーションへ向かいます……。

posted by 西方快車 at 16:59| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月29日

【米:第1日目の1 2009/0924】ロスアンゼルス篇1:メトロで市内へ。カリフォルニアの青いナントカ

 ロスアンゼルスの空港の設備はあんまり立派じゃない……広いけど全体に小汚い印象。日本にはあんな小汚い空港はありませんし、なにしろ先に北京の立派な空港見てきたところですし。
 まぁ、好意的に見るなら「飛行機が当たり前の乗り物だから、綺麗に取り繕う必要はない」って事なのかも知れません。
 
 めんどくさいと聞いてた入国検査はそんなに手間取りませんでした。国籍豊富なSQ12からの客の中じゃ日本人は手間掛からないからさっさとこなしちゃえってことかも知れませんけど。
 で、ここで失策。空港でドルのT/C(前の旅行で北京で換金できなかった分!)を換金するの忘れてました! ドルの現金なしで街に出る……!

 到着ロビー出て真っ先におもうは「暑い!」と「空がアホみたいに広く青い!」。
 みうらじゅんの「カリフォルニアの青いバカ」とかいうフレーズが頭を支配(笑)。

 市内へは空港バス推奨らしいんですが、メトロ(都市交通という意味で、地下鉄という意味にあらず、多分……)乗り継ぎでも行けるみたいなんで、迷わずそちらへ。空港に直接乗り入れと云うわけではないので、先ずは無料の場内バスで駅へ移動します。


 場内(正確には「場外」)バス。左の高架がメトログリーンライン。それにしても高架の足が細い! 耐震性への思想が日本とは全然違う。


 空港最寄り駅なんで日本の感覚なら有人駅でもいいはずなんですが、券売機のみの無人駅。メトロは地下鉄というより、高架路面電車と解釈した方がよさげです。
(ロスアンゼルスのメトロで「地下鉄」といえるのはレッドライン・パープルラインのみ)
 メトロは1乗車1.25ドル、乗り換え不可という変なシステム。
 乗り換えすると割高ですが、初乗りの安さは褒めたいところですね(ロンドン地下鉄や北総鉄道も見習って欲しいところです)。
 市内中央には二回乗り換え居るので3回分と云うことになりますが、勿論旅行者の味方1日券もあってこれなら5ドル(安! 長崎電軌なみ!)。券売機はカード使えるのは助かりました……(ダメなら空港に逆戻り!)。


 屋外にあるエスカレーター。かなり大胆。後で知りましたが、この辺は降水量少ないそうで。

 何の予備知識も持たず。だからどんな電車来るのかな? と。

 来たのは路面電車と郊外電車の合いのこのような連接車の重連。4両編成。
 右方への分岐は空港場内への乗り入れの準備工事。
 
 電車は広い高速道路の真ん中の専用軌道に入り、走りだします。鋭い加速に結構速い!
 明らかに日本にはないカテゴリの電車ですね。江ノ電か叡電が御堂筋線(地上区間)走ってるような……とも思いますけど、車体幅や基本性能が全然違います! また、LRTという言葉も似合いません。
 道路はデカい車がびゅんびゅんと。


 車内。1方向け固定クロス。全席運転台よりでそれが背中合わせ。シートはモケット張りですが硬め。


 連接部。車内には飲食するなとかあれこれ煩い注意書きがあるんですが、幸いにも?撮影禁止はありませんでしたので(苦笑)。そういえば携帯電話禁止もありませんでしたね。

 一度乗り過ごして戻ってきたりとかのトラブル?があったものの、何とかブルーラインへの乗換駅へ。

 交差の乗換駅。上の高架が先まで乗ってきたグリーンライン。電車は同型。外付けのスピーカー?がユニークなデザインです。ちなみに電車にラインカラーを施すという習慣はないようで(苦笑)。

 しかし、高速道路の真ん中走るグリーンラインでは感じませんでしたが、ブルーラインの沿線はお世辞にも治安がよさげとは思えず……。客層も「上半身裸。タトゥーのあんちゃん(でも腹出ててみっともない)」が乗ってたりと、アメリカビギナーにはちょっとキツい雰囲気です。ガイドブックでは空港バス推奨してるのが分かるような(苦笑)。お客そのものは多いので、自動車の国アメリカの、自動車の街ロスアンゼルスでも電車が使われてることが分かったのは収穫でしたけど。

 都心近くで少し路面を走り、そのあとは地下に入り……。

 レッドラインへの乗換駅。車椅子のお客さんも普通に居ます。また自転車の持ち込みできるのも印象的。
 乗換通路のT字部にわざとコンクリ製のベンチ?オブジェ?を置き、動線管理しているのでしょうか?


 この電車は近車製。乳母車と車椅子が見えます。
 ホームの連結部分に、転落防止柵があるのも印象的。


 真下に交差するのがレッドライン。ラッシュ時の滞留場所を確保する面目で意図的に乗り換え動線を長く取る日本じゃ有り得ない構造ですね。
 「このポイントを越えるときにはチケットが必要です」の表記が英語スペイン語で。

 レッドラインは……後でも乗るからと写真撮らず(もう少しお待ちを)。
 予約しといたダウンタウンの安ホテルの最寄まで2駅ほど。よく考えたら一度も改札が無かったなぁ! と驚き(欧州同様の信用乗車システム。但しレッドラインは自動改札準備工事中)、地上へ。
posted by 西方快車 at 21:58| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月28日

【米:第0日目 2009/0924】久々に京成特急で。SQ12便。アメリカの第一印象。

 ロスアンゼルス行のSQ12便は夕方発。
 余裕を持ってでかけるつもりが、確認とか必要書類のプリントアウトとか手間取りはありやはりギリギリ気味……スカイライナー逃して普通の特急で行くことになってしまいました。
 とはいえ、京成電車のいいところは運転台直後の「ヲタ席」があること。前展望を楽しみます。


 「元」初代スカイライナー(笑)の3400。

 シンガポール航空の成田でのオペレーションはスタアラ同志の全日空代行。うーん、あんまり手際はよくありません。空いてる優等クラスのカウンターに混んでるエコノミーの客を回すような融通はありますけど。
 滞在先の住所が必要というので、ワシントンDCのB&Bの住所を記したら……。「あの、ワシントンって何州ですか?」とか聞かれてしまいました(笑)。いや、これから行くのに知らない自分もどうかと思いますが(苦笑)、国際線の地上職が知らんのもマズいと思いますよ?

 
 ユナイテッドがズラり。米系のアジアハブとしての成田を実感しますよね。


 これから乗り込むSQの747-400。SQだと古参……777への置き換えの噂はこの地点でありましたね。できりゃA380が欲しいところですけど。

 座席は予約時にサイトから指定しました。そこで狙うは747-400の最後部の2-4-2アブレスト部のもちろん2列席! 座席横に空間のある最高の当たり席、そのうえ……隣席は空いてました。専有面積じゃかなりのもの(笑)。
 帰りのSQ11でもほぼ同じ席を確保できました。予約地点で隣席は塞がってましたけど。

 長距離国際線も久々(あ、モスクワ→北京も長距離か?)なんで、メニューとかアメニティとかの配布があるのが嬉しい。食前にシンガポールスリング頂きました。美味しいけど、野郎が呑む酒じゃないかも(笑)。


 自慢のパーソナルモニターも流石に744のは草臥れてる印象。まぁ自分は飛行位置の画面しか見ないので関係ないといえば関係ないのですけど(お仕着せの音楽や映画は好みじゃないので)。Nintendoのゲームは懐かしのゲームボーイカラー、機材のリプレイスタイムと、ゲーム機の進化速度のギャップを感じたりします(苦笑)。

 機内食のサーヴは先に特別食から。チョンギから成田経由でロスアンゼルス行、というのは乗客の国籍もバラバラになる由で、特別食のお客が少なくないのが印象的でしたね。


 食事は和洋の選択で、洋食にします(ワイン合うし)。


 アイスクリームはノンブランド(でも味はハーゲンダッツとかと同じ)。

 噂通り美味しいです……量は物足りないですが。ワインもYにしちゃ上等でした。ただ、サーブのタイミングはよくないかも。JLだと丁度いいタイミングでワインやコーヒー注ぎに来るんですが、SQはちょっと間が悪いような気が。厳しい言い方をすれば「頼まないと呉れない」ですかね。まぁJLは過剰サービスだから今あーいう状況に陥ったのかもしれませんが。

 食後はブランディーを何杯か貰い(これも上等。普段飲めないレベルの酒♪)、強引に寝ます。取り放題とか云うスナック配った頃は寝てました(笑)。

 日本時間だと2時半くらい(!)に朝食。まだ酔いが冷めてませんよ!


 オレンジジュースで酔いを冷まし、強引に押し込みます(笑)。


 前後して、いよいよ西海岸が見えてきます。


 LAX上空。


 旋回を何回かしてくれたおかげで、ロスアンゼルス市街の上空を見渡すことができました。
 とにかく、だだっ広い! そして真平ら! これまでアメリカ以外の何処の国でも見たことのない景色です。ただ、緑が少ないのは気がかり。いろいろな意味で「乾いた」土地であることを予見させます。


 広い土地に広い道路。

 そして、広い空港に着陸したのでした。
 あと、時計を大きく、17時間も戻します。二度目の9月24日の始まりです(笑)。
 理屈で分かってはいますし、帰りに取り返されるんですけど1日トクした気分にはなります。
posted by 西方快車 at 21:19| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月27日

【アメリカ準備篇3】アメリカの旅客時刻表

 有難いことに、ほぼ全てアムトラックのサイトにあります(まぁこれは今時はどの国も同じですが)。
 あと紙面版が欲しいなら、国際発送もしてくれるそうです。

 大陸横断系の主要幹線は基本1日1便。だからそうした列車を「特急」「急行」というのは抵抗がありますよね。
 で、夜行一晩で十分に利用価値のありそうなシカゴ⇔ニューヨーク/DC辺りでも1〜2便しかありませんし、西海岸でシアトル〜サンフランシスコ〜ロスアンゼルス間も1日1便。ロシアや中国の列車本数を見慣れている(笑)と、嘘の様に思えます。
(日本も夜行は壊滅状態ですが、その代わり新幹線や昼行乗り継ぎだと凄い本数がありますよね?)

 でも、北東回廊だけは例外。ここは1時間に1本は列車があります。高い「アセラ」(新幹線?)が頻発されていても、それ以上の本数の「リージョナル」(急行)が運行されている……。配布されてる時刻表のフォーマットが他の区間と全く異なってて驚きました。
 驚いたのは、夜行便もあってボストン〜ニューヨーク〜ワシントンDCで、ニューヨークを起点に「キック・ターン」(※)も可能なダイヤになっていること! 元「周遊券」族としてはレールパスに使用回数制限がなきゃ……と思わされるのですが、丁度使用回数が2回余ることが確定したので、ニューヨークの宿代(高い!)代わりに組み込んでみることにしました。治安が心配ですが、まぁ駅出なけりゃ大丈夫でしょう、と……。

※:周遊券やフリーきっぷ使っての宿代節約方法。その昔、北陸のローカル私鉄巡りしたときには何度も「きたぐに」自由席の世話になったもんです。ちなみに自分より古い世代だともっと壮絶な武勇伝もあるそうで、自分がそこらに間に合わなかった恨みつらみも以下略。
posted by 西方快車 at 20:03| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月26日

【アメリカ準備篇2】準備とか、コースとか

 先にモンゴル経由でのロシア行きで片道航空券の手配もいる、なんて面倒な旅をしたばかりだったので(ビザは二カ国だと、正直心が折れます)、準備は呆れるほど簡単なハズでした。
 航空券は普通に往復で安いの探せばいい、ビザ取得は不要、パスポートの残期限もそれほどシビアじゃない。ESTAは簡単に手続き出来る、と。鉄道の指定券もどうせ座席車(コーチ)しか乗る予算はないので、これまたシビアに考える必要はないと。

 で、先ずは安い往復航空券探し。ロサンゼルス便が一番本数多くて安い。あとはキャリア。米系以外ではシンガポール航空が一番安かったので、米系最安値より往復1万円高でしたがそれに決定。日本語サイトから直決済で購入。余談ですが、北京首都空港でSQのCA達の艶姿を横目にみて、あの飛行機に乗ってみたい……と思ったのも選択理由の一つ(笑)。サロンケバヤは偉大です。
 
 コースは
「ロスアンゼル起点終点で、取り敢えず大陸横断を別ルートで往復」
「ニューヨークとワシントンDCくらいは行きたい」
「シカゴ(鉄道の要衝!)近辺には行きたいところあるので、時間を取りたい」
 位で決定。

 次は列車の選択。ここは何となくの思い入れから「エンパイアビルダー」(シアトル→シカゴ)と「カリフォルニアゼファー」(シカゴ→サンフランシスコ付近)の二つを優先。前者は手許にある「写真で楽しむ世界の鉄道 アメリカ2」での扱いが大きくて(巻頭トップ)なんとなく憧れがあったこと、後者は景色の良さでの定評があったから。
 関連して、ロスアンゼルス→シアトルの西海岸急行「コーストスターライト」に、シカゴ→ワシントンDCの「キャピタルリミテッド」、ニューヨーク→シカゴの「レークシェアリミテッド」……とコースが確定して行きます。何にしろ、アムトラックに関しては車両が均一なのでその辺は迷う余地がないのがよくも悪くも。
 最後のサンフランシスコ→ロサンゼルスはこの区間の夜行列車がないため、話のタネにもグレイハウンドバスを選択。バスも嫌いじゃないので……。

 あとは愚痴話。
 いつの間にか設定されたUSAレールパスの使用回数制限(15日で8乗車)は酷いルールですよねぇ。普通の使い方ならギリギリ足りるくらいなんであんまり実害はないのですが、「乗り放題に見えて乗り放題じゃない」というのはかなり駄目だと思います。まぁ文句いい過ぎて廃止されたら困りますけど。
 寝台車は一区間位は話のタネにと思いましたが、余りに高価なんで完全に諦めました。1晩で150ドル以上プラスされるんじゃ三食込みと云えども払えるか、と。

 ホテルは最初郊外のモーテルとか考えました(ムチャクチャ安い。30ドル以下とか)が、その多くが公共交通前提だと洒落にならないほど不便なこと(だから安い)、西海岸だとダウンタウンにも安めの宿(その代わりに古い)があることが分かったので外しました。ただ、シカゴとかDCとかニューヨークはダウンタウンの安宿が駆逐尽くされてるのが困ったものですが……。この辺はバブル期の日本を思い出します。
 シカゴでは日本のビジネスホテル的なところをなんとか「ループ」内で見つけ(99ドルくらい)、DCではビィクトリアン朝的な雰囲気のある家でB&Bやってるのを見つけたので、少し高いものの(105ドル位)そこに決定。NYはある方法で宿泊を避けました(後述)。
 先にも触れたよう西海岸は安めなので、ロスアンゼルスとサンフランシスコは安めに確保。シアトルはやや高い……。

 結局18日間の日程で、「機内2泊、車中8泊、バス1泊、ホテル7泊」という予定になりました。座席車だけでの車中8泊は無茶に見えますけど、連続ではなくて車中1泊か2泊したら次はホテル、のような形で予定を組んだのがミソ。とはいえ、シアトル→シカゴ→ワシントンDCは3泊連続になるんですが。
 
 手配はほぼ全てをオンラインで済ませました。ちなみにUSAレールパスはオンライン購入出来ましたけど、座席指定はメール(ファームなし)でお願いするというアナログな方式。

 こんなメールを送りました。
================
September 25
#14 "Coast Starlight"
Los Angeles to Seattle
class:coach
================
 要は、筆談で切符買うときの要領。「日付・列車番号"列車名"・区間・等級」は世界共通です。
(寝台だともう少し面倒になるんでしょう。上とか下とか)
posted by 西方快車 at 19:20| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月25日

【アメリカ準備篇1】アメリカ鉄道への誘い。キッカケは食堂車のメニューから。

 自分の世代だと、物心着いたときには既にアメリカの旅客鉄道はアムトラックに移行した後。
 ですから、全盛期の華やかさはリアルな記憶としてはありません。これが欧州だと子供の頃の絵本や写真図鑑でさんざTEEとか煽られたので、現状とのギャップに苦しむことになるわけですけど(今が悪いってわけじゃないですけど。発展的解消はしているわけなので)。

 で、写真とか映画とかで観るアムトラックにはそれなりの憧れを持たせるものがありました。銀に赤青の統一されたカラーリングは子供心には派手で格好良く、それなりにデラックスな設備なども惹かれました。今の目から見ると味気なく合理的なステンレスやFRPの丁度・設備類も子供には未来的に見えてたんです。

 ただ、海外鉄道の関心が欧州・アジア方向に動いてくると、アメリカの鉄道はどちらかというと苦手分野になってきました。機関車も客車もデザインが大味に感じられること、なにより斜陽産業としての活気のなさが気に掛かる。
 もちろん、過去のアメリカの鉄道に関する情報資料も随分集まってきて、インタアーバンや電機(アメリカでは少数派)の情報は日本鉄道史との兼ね合いもあり魅力とは思っていました。当時のデザインの粋を尽くした客車群も素晴らしい。
 でも、アメリカの鉄道の大多数を占めるディーゼル機関車は興味の対象にはなりませんでした。今の無骨なキャブユニットが駄目というわけではなく、1950年代の流線型のも好きにはなれない、と。日本や欧州の機関車にはないマッチョイズムが苦手なんです。
(同じ理由でアメリカの蒸機も苦手な対象です……)
 客車や電車は魅力に思っていても、引っ張る機関車が苦手でははまりにくいな……。
 そんな思いでアメリカの鉄道を遠目に眺めていました。

 ちょっとキッカケになったのは、7年ほど前たまたまアムトラックのサイトを眺めていて、確かテキサス・イーグル号の食堂車のメニューを見つけたとき。
 日本では壊滅状態欧州でも衰退傾向の食堂車がアメリカでは元気であり、そしてその内容が興味を惹きました。昼食がサンドイッチやハンバーガーで6〜7ドル程度、夕食がメイン・サラダ・パン・コーヒーの定食で12〜16ドル程度(当時)。珈琲だけなら1ドルちょっと。
 日本の食堂車はカシオペア・北斗星・トワイライトの超デラックス志向のみが生き残り、欧州の食堂車も確実に20ユーロ以上掛かってしまうという知識があった上で眺めると、アメリカの鉄道がとてつもなく魅力的なものに思えてきたのです。

 何時か乗ってみたい(乗り回してみたい)と思うようになっていました。それもなるべく長距離を、と。





 今(2009年秋)の「コーストスターライト」号の食堂車メニュー(クリックで拡大表示可)。少し値上げはありますが、リーズナブルな価格は変わりありません。量の多さも含めて考えりゃ、日本のファミレス並。
 低価格には幾つもの理由がありますが(注:マズいからではない)、それはまた後ほど……。
posted by 西方快車 at 20:00| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月19日

【第13日目の1 20090607】北京篇9(遂に帰国。北京首都空港内の電車など)

 テレビの話の続き。
 テレビは携帯電話の情報番組というのに驚き……中国人は少し前の日本並のケータイ中毒なんでしょうか。まぁ3Gがやっとこさ始まったところなんで状況としては近いのかもしれません。
 
 翌朝は7時半の便なんで5時半起き。この時間の飛行機って誰も嬉しくないですよね(笑)。客も乗務員も半端に早起き要求されるわ、飛行機飛ばしてるJALだって人気ないからこの便の席は安売りしなけりゃいけないしで。

 首都空港まではタクシーで100元ちょうど。運転手にメーター使わせるの忘れてましたが、これって相場通りでいいのかしらん。まぁ荷物運んでくれたり親切な運転手さんだったのでチップと思えば納得できますけど。
 
 JALのカウンターはあっさりみつかり、手続きすんなり。
 北京首都空港は電車で移動する広い空港。結構な乗車距離があります。

 いきなりシーサスクロッシング。


 アップダウンあり。対向電車とすれ違う。


 拡張余地か? 途中駅らしい空間を通過。


 終着。ここにもシーサスクロッシングあり。ただ、他に分岐はありませんでしたし、留置車などは無かったので、意外と単純なシステムで運行しているのかもしれません。


 さっさとODA耳揃えて返せ(笑)、といいたくなる立派な設備。
 成田がしょぼく見えます。大きなもの大げさなもの派手なものが好きな中国って国が経済力手に入れたら、何を造るかの見本がこの首都空港のような気が……あ、一応褒めてますよ皮肉抜きで。
 やっぱり空港は快適で便利であるのに越したことはないですから。人民幣使い切りに有り難い免税店や売店も完備。
 北京でも日本人と会うことは殆んどありませんでしたが、流石に空港での帰国便だと日本人多数。ビジネスマンかツアー客ばかりなので、日本語は通じてもその先が通じないような気がするのは残念ですけど……。


 香水瓶のような管制塔。インパクト充分……。

 搭乗、767はほぼ満席。行きは運良く空いてた隣席も客あり。
 飯食って呑んで(朝から酒くれるJALはいい会社♪)、割とあっという間。

 おかゆは塩味とダシ利いてて旨かった。

 成田には昼には着いたような。北京より少し暑いのに凹みつつ、スカイライナーの指定券と弁当と酒(またかい!)買い込み帰宅へ。
 行きにはどうでもよくみえた、千葉の水田や緑がとてつもなく碧く美しく。そして、都心に近づくと街並みが延々とつづいているのに改めて圧倒されます。
 地元の私鉄電車にも新鮮な驚きを禁じ得ません。国電と地下鉄の他に私鉄電車が支線網も含めて発達してるって、世界のどんな都市にもないってことを今更ながら。
 
........

 ご拝読有難うございました!!
 2週間足らずの旅行を、半年余かけて延々と記してしまいました。しかし、それほどに刺激多く楽しい旅であったのは事実です。冗長な記述や写真も多々あったと思うのですが、書きたいことは省略しないこと、あとは自分の備忘録と写真整理も兼ねていることでご容赦くださいまし。

 中国・ロシアという大国を観てきたわけですが、中国の若さとロシアの熟された感じが印象的ではありました。
 中国は古いようで新しい、とても新しい国(まぁ建国61年ですし、公式には)。ロシアは革命とか崩壊とか経て、良い意味で昔に戻った印象が濃厚でした。もちろん、ロシアも経済発展中のところで中国同様21世紀の経済大国たる勢いも感じた次第です。まぁ旅行者の目などあてにはなりませんけど……よいところだけ見ようとしてきたんですから。
 旅行者の目というと、どちらの国も旅行者……日本人の旅行者には優しい国です。ただ、どちらの国も邑楽かさはあります(大らかさ、をこんな変換してしまいました、まぁ間違いではありますまい)。日本やアメリカのようにきっちり行かないことはあるかもしれません、そこを余裕として楽しむ必要はありましょう、開放感はお互い様ってことで。

 さて……。
 アメリカ篇が控えてますね(笑)。お楽しみに。
posted by 西方快車 at 20:33| Comment(4) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月18日

【第12日目の3 20090606】北京篇8(四合院、二軒目)

 鉄道博物館の帰りは少し歩いてバス探そうかと思ってましたが、幸いにも他の客を運んできたタクシーが待機していたので、最寄の地鉄駅まで移動。
 あとは北京站前で買い物捜し物。
 夕方には宿近くに戻り、遅い昼飯。


 何処で食べようか迷ったら、何も考えずに「一番近いとこ」を選ぶのが正解の様な気がします。


 鴨串焼。安かったのに美味しかった。


 炒飯も美味しかった。量は物凄いです(笑)。中国の白米は激マズ、炒飯は正解。

 ちなみに韓国とか台湾とか中国とか東アジアの国の良いところは、「そこらの普通の、普通の人が出入りしてる店で普通の人と同じもの食ってハズレはない」ことだと思う由。
(色気出して高い店行くとハズレ引いたりします)


 宿に戻る胡同。何度通っても良い道。


 小型車は胡同にも似合う。上手く自動車社会と折り合いつけて欲しいものです。


 これが「北京柏斯特客桟」の門構え。
 悪い宿ではないんですけど、ちょっと地味な印象です。そして、今は畳んでしまった模様……。6月の平日という状況ではありましたが、自分以外に客はいませんでしたし。

 荷物を取り何とか歩き、表通りに出てタクシー拾い二つ目の四合院宿へ。


 北京中堂客桟。
 ここはやや高級より?なところで、日本でも楽天で予約ができます。
http://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/56387/56387.html
 ……高級寄りとは云いましたが、やっぱり北京は安いですね。個人的には近代的な大型ホテルは好きではないので、大抵の場合は小さくて古いけど、趣きのある宿にあたる事が多いような気がします。


 宿の前の胡同。こちらはあんまり趣はないですね。
 タクシーが入ると道がいっぱいいっぱい。

 で、宿に入ると門構えに対して中は広い広い! 中庭が2つもあります。

 一つ目の中庭。
 木が屋根を貫いているのは、何か風水的に利があるのでしょうか?


 二つ目の中庭。

 そして、部屋。



 立派すぎる部屋に驚きました。
 なんというか、男がひとりで泊まる部屋じゃないですね……天蓋付きの寝台は気合入りすぎ。
 床は本格的に?石材ですから冬は寒そうですけど(笑)。でも夏はひんやり気持ちいい。
 あと、水回りはシャワーのみバスタブなし。四合院宿はその辺の割り切りは必要なようです。

 でも、この宿はお勧めです。普通の北京観光には便利だと思いますよ。


 宿を出て食料などの買出し。
 近くの大通り。手前の低層と、奥の高層の対比が今の北京、という感じ。でも、全体に小奇麗な街だとは思います。


 高そうな(笑)犬。連れているのはそんなに金持ちそうには見えないふつうのおっさんでしたけど(笑)。もちろん褒め倒しておきました。というか普通にかわいい……。


 四合院の普通の使い方(笑)。古いものを小奇麗に整え、日常に使ってしまうのは北京と云うか、中国の健全な一面だと思うのです。


 夜はこうしてカンヌキを掛ける。
 明日の朝は帰国便が早いので、朝食は諦め、そして宿の小姐にタクシー頼んでおきます。

 白酒呑みつつ(中国の白酒は安いのに旨いのが不思議。台湾のは激マズだったのに。あと日本だと売ってないか高い!)、天蓋付き寝台からテレビ観てまったりと。時代劇(勿論中国の)でもやってれば雰囲気にぴったりなんですが、何故かどこのチャンネルもやってない……。
posted by 西方快車 at 23:59| Comment(0) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月16日

【第12日目の2 20090606】北京篇7(続:中国鉄道博物館。西側から中国に嫁いだ機関車の話)

 それにしても大規模な博物館です。
 ただ、大規模であるぶん大味なのも困ったものですが。
 この辺、日本の類似施設の詳細さと比べちゃいけません。展示物が埃まみれなのもどうかと思いますし、解説や警備の人員が不足しているのも気がかり。まぁ貴重な車両が雨ざらしで荒廃する危機から救われたことは評価しなけりゃいけませんけど。

 サンクトペテルブルグでも思ったのですが、車両展示中心は本物志向のファンには嬉しいものの、展示としてはちょっと古風な感じが。
 理想は梅小路やイリノイ鉄道博物館のように実働車両のデモストレーションなんですよね。環状試験線使っての蒸機のデモ走行とかあれば物凄い人気施設になりそうな気もしますがどんなものでしょうかね? 運賃は欲出して1周100元位取っても金持ちや外国人は喜んで払うでしょうし(笑)。


 専運車編成についていた謎の車。窓なしドア1つのみ。端面に碍子が見えるので電気関係(電源車?)だとは予想出来るのですが。


 珍品21系客車。折妻の端面が印象的。日本でいうとこの42系客車ってところでしょうか(二次大戦後の過渡期の客車)。対する22系は43系といいたいところですが、43系というには長く活躍しすぎちゃってますね(笑)。


 専運車編成の中の1両。よくある22系ベースの車で、3軸ボギーシュリーレン系台車というのも中国の専運車では珍しくないもの(……専運車多すぎで、微妙に感覚麻痺してます。シュリーレン系の近代型台車で3軸ボギーなんてゲテモノ台車、文革時代の中国以外じゃ有り得ない設計ですよ!)。
 で、この車は丸みの強い窓わまりが珍奇な印象です。何らかの試作を専運車という特殊さゆえに行ったのでしょうか。


 初期の22系硬臥車車内。元設計ではロシアの三等寝台同様に通路側にも寝台があったため、通路がやたら広いのが印象的です。

 通路側の小テーブルと向かい合わせに使える小イスは此処に寝台があった名残なのかもしれません。


 如何にも試作機、といった風のD形電機。SS5(韶山5)
 http://zh.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B6%E5%B1%B15%E5%9E%8B%E7%94%B5%E5%8A%9B%E6%9C%BA%E8%BD%A6
 SS8という量産機につながっていますので、失敗作ではありません。


 有名すぎるDF1(東風1)は今更なので、敢えて後ろ姿を。このアングルから見るとソヴィエトTE3の流れを汲んでいることが分かります。

 おまけ。
http://www.simcity.cn/thread-68659-1-1.html
 東風1の原型、巨龍形の写真が見つかりました。TE3を二つ窓にした過渡的な顔です。
http://baike.baidu.com/image/4e0b3ea4982b41e49052ee39
 前面3ツ窓に改造された末期の姿? 量産されたDF1に近い形状ですがよく見ると違う。

 東風1というと、湘南顔でDD50風のも居たはず。
http://www.railcn.net/engine/photo-4/15.html
 最近発表された以下の写真には1963年の「飛龍(東方紅)」形と記されています。飛龍(東方紅2)は液体式ディーゼル機関車ですから、改名など行われたのでしょうか?
http://www.picturechina.com.cn/bbs/thread-17946-1-1.html
 側面のスカートが強烈な印象。

 以下は推測ですので、真に受けませんように……。

 巨龍形として試作→二枚窓湘南顔の初期形を製造(先行試作?)→3枚窓流線型のDF1量産→元巨龍形を量産機にあわせて前面窓改造/初期形はスカート撤去。
 ???


 ルーマニア製のND3。一見典型的なアメリカンスタイル。されど、繊細な感じのする台車など台枠以下は東欧の香り。無骨な足回りを少しでも覆おうとするスカート?も欧州的な上品さ。この台枠に箱型の車体乗せたら、東欧の機関車以外にはみえないでしょう。
 なにより全体にスマートで線が細い印象(コルゲートも印象を軽やかにしている)、アメロコのマッチョイズムとは似て非なる機関車かもしれません。
 

 西ドイツ製のNY5。スマートな長身・モデル体型の小顔美人。ゲルマン美女なら人民服だって似合ってしまうんですね。



 余談ですが、改革開放前の中国の西側製機関車について。
・NY5・6・7液体式ディーゼル機関車 1967/72 西ドイツ
 2008年地点では現役機も居たとか。古い輸入機の割に活躍できたのはかなりデキが良かったから?
 西ドイツの液体式DLは簡単に扱える代物ではない筈で、日本のDD54の失敗はいうに及ばず、アメリカにソ連も使いこなしていません。そんな難物が、国産の電気式に伍して活躍出来たのは凄いことと思うのです。

・ND4電気式ディーゼル機関車 1973-74 フランス
 素晴らしきスタイリスト。それにしても1973年の中国であの色と形ではさぞかし目立ったことでしょう。パリのトップモードが人民服ばかりの昔の北京に舞い降りたようなもんですから。
 放置状態の1両は今はどうしているのやら。保存してほしいものですが。

・6Y2交流電気機関車 1961 フランス
http://zh.wikipedia.org/zh-cn/6Y2%E5%9E%8B%E7%94%B5%E5%8A%9B%E6%9C%BA%E8%BD%A6
 時代が時代だけに俄には存在を信じがたいオーパーツ的存在……とか思って「6Y2 電力機車(電と機、車は簡略体)」で検索かけたら、イラストに写真まで出てきました(驚)。同じフランス製のソ連F(Ф)形を思わせるスタイルですが、バッファーがないためか、日本のED46辺りの印象もあります。
http://bbs.hasea.com/thread-418101-1-1.html
http://zldy.tede.cn/2009/09/1253516104154283.html
 少数の試作車かと思いきや、25両も輸入され、1990年代初頭まで使われたという話も。
http://www.hobbyshanghai.com.cn/viewthread.php?tid=12401&extra=page%3D1
 そんな時期まで残ってるならファンに記録されていそうなものですが、ND4も意外と記録されていないので、人知れず……の可能性も否定しきれません。中国に関しては未開放地帯の問題もありますが、西側の趣味者が蒸機撮影偏重だったのも今になってはなんともかんとも。
 なお、両数に関しては、フランスのメーカーは或る程度まとまった両数じゃないと売ってくれないのも事実です(日本の交流電化初期に試作機輸入断念した経緯とか)。25両というのは信憑性高いでしょう。

 ちなみに中国初の本線用電機6Y1(7両製造)はソ連系でした。
http://zh.wikipedia.org/zh-cn/%E9%9F%B6%E5%B1%B11%E5%9E%8B%E7%94%B5%E5%8A%9B%E6%9C%BA%E8%BD%A6
 6Y1と6Y2のいいとこ取りで中国国産のSS1が生まれたようです。
 6Y1とソ連のVL60はそっくりなのに、SS1となるとかなり印象が異なります。ただ、足回り以下をよく見るとSS1とVL60はかなり共通しています、やっぱり姉妹。あと、SS1の前面は6Y2に似てますね。

・6G交流電気機関車 1973 フランス
http://www.hudong.com/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E9%93%81%E8%B7%AF6G%E5%9E%8B%E7%94%B5%E5%8A%9B%E6%9C%BA%E8%BD%A6
 40両が輸入されたとか。日本のファンには殆んど知られていない形式でしょう。西安に居たと云いますが、活躍したのは未開放地域だったのでしょうか?
 派手なND4と違って前面や塗色の印象はおとなしい感じ。お馴染みSS1の変種にも見えます。
 側面の印象は後の8G、或いは同時期のフランス製の韓国国鉄8000形を思わせます。

 西側製ではありませんが、ルーマニア製の6G1というのも居たそうです。1971年、2両のみの試作車。画像がまったく見つかりません……。ルーマニア国鉄の40形に類似しているとのこと。以下参考。
http://www.railfaneurope.net/pix/ro/electric/40/white-blue/pix.html
 西側的な雰囲気の素敵な機関車です。中国仕様はどんな姿だったのでしょう?



 大物車。5-5+5-5式。カーブに弱そうな作りですが、そのためか最小通過半径が記載されていました。


 前後部分は、台枠と台車枠?が一体になった合理的な作りです。


 荷重は最大230トン。中心から3m内に収まる場合は200トンに制限、以下4.5m、6mと制限が緩くなっていきます。通過最小曲線半径は180m。
 それにしてもステンシルの明朝体が素晴らしい。最近は減りつつありますが、中国の鉄道書体はこれじゃなきゃ!


 検査表記もステンシル。


 少し小柄な大物車。5+5ですからやはり曲線には弱そう。最小通過半径180mの表記あり。
 

 検重車。日本の国鉄・JRで使われたケ1/ケ10(車内に分銅を置き、検重時は取り卸す)とは違い、車体全部が分銅となるタイプ。三井三池炭鉱にも同種の車両が居たような。


 緩急石炭車。日本で云うならセサフとかヲキフ。


 オレンジ色が強烈な冷蔵車。深い屋根は東欧やソ連の冷蔵車に共通します。


 セメントホッパ車? 欧州流儀の縦型タンクが印象的。エアスライド?の配管がぶっといのも鮮烈。


 ベイウィンドウカブース。1980年頃の写真で現役だったのをみたことがあります。
 今の中国では緩急車省略ですから、いつ頃まで使われていたのでしょうか?


 模型展示は多くありませんでした。
(実物が存在しない?6Y1や6Y2、東風動車組あたりは模型で何とかして欲しいのですが……)
 とくに印象に残った高圧ガス用の特殊タンク車。前後に客車状の車体がある辺り、只者ではありません。実物を拝んでみたいものです。


 ナローの機関車。詳細は分かりませんが、5軸でアウトサイドフレームと云うのはインパクトのある姿です。走っている姿はさぞかしメカニカルに萌々……。


 メーター軌?の客車。南国仕様の不思議な車です。


 やっぱり9600はカッコいいですね。名機です。

 この他、著名な本線蒸機に、大量の専運車などが保存されています。
 ゆっくり観るとかなり時間が掛かると思います。但し、わかりやすい展示ではありませんので(解説のない車両も多い)、事前に或る程度「予習」してからの見学をおすすめします。
(ですから、普通の観光というより鉄道研究者向けです)

 広大な博物館ではありますが、中国全体ではまだまだ保存の手を伸ばさねばならない希少車はたくさん残っています。先の初期型DF1とか、フレンチロコND4、北方に眠るあじあ展望車、撫順の旧満鉄ジテ……そして多くは失敗に散った近年の国産動車組群と。
 今後の拡充に期待したいものです。そして解説や魅せる部分の展示などの「敷居下げ」もお願いしたいものです。

<おまけ>自分用メモ
http://zh.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E7%94%B5%E5%8A%9B%E6%9C%BA%E8%BD%A6%E5%88%97%E8%A1%A8
中国電力机車列表
http://zh.wikipedia.org/zh-cn/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E6%9F%B4%E6%B2%B9%E6%9C%BA%E8%BD%A6%E5%88%97%E8%A1%A8
中国柴油机車列表
http://zh.wikipedia.org/zh-cn/%E4%B8%AD%E5%9C%8B%E5%8B%95%E8%BB%8A%E7%B5%84%E5%88%97%E8%A1%A8
中国動車組列表
ラベル:鉄道博物館 中国
posted by 西方快車 at 19:17| Comment(1) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月15日

【第12日目の1 20090606】北京篇6(中国鉄道博物館。初代「西方快車」RW19に会いに行く!)

 起きたら、雨でした。ちょっと憂鬱。


 雨の胡同、雰囲気はあるんですけどね。

 幸いにも宿で傘を貸してもらえたので、予定通り中国鉄道博物館へ向かいます。

 表通り。この辺りに関して云えば、北京は碧の多い街といえます。


 途中までは地下鉄で。二号線(環状線)の某駅。天井の蛍光灯とデカいデジタル時計がちょっと社会主義だった国なんだなぁと思わせる。
 二号線の電車はすべて冷房付き4ドアの新型車に置き換えられているようでした。

 途中からはタクシーで(バスでも行けるらしいんですが、雨ですしねぇバス探すの面倒)。タクシーの運転手には知られていない……とか云われてますので、地図を見せて「ここ」と示します。環状試験線があるので地図でもわかりやすいです。新車といえば、タクシーも殆がVWか現代の新車でした……平均車齢は東京より若いでしょうね。車はどんどん郊外へ。20分ほど走って寂しいところに出てきたら、環状試験線や鉄道博物館につながる線路を幾つか渡り、そして広大な建家のある鉄道博物館へ。
 日本でいうなら、大宮というより国立の鉄道総研の近くにあるような感じなのかも。

 さて、北京の中国鉄道博物館に関しては日本語での解説も多々ありますので、詳細は省略します……。右のリンクの中国関係からアクセスとか開館時間休業日料金等の情報は得られると思いますので。また、主要な所蔵車両に関しても検索すればわかるはず……。
 取り敢えず、気になったもの気に入ったものを並べてみましょう。


 比較的最近の収蔵車。地鉄2号線の4ツ扉車。鼓形車体の比較的新しい車ですが、五輪前の新車置き換えで犠牲になったのでしょうか?


 こちらは3ツ扉車。他の車は解体されてしまったのでしょうか? 中国全体でみれば通勤電車の需要はありそうなものなんですけど。


 台車。エアサスという贅沢装備。L形の軸梁が日本にはないかたちでとてもユニーク。


 ここの「顔」と言える車ですね。あまりにも有名な車。


 2両ありますが、1両には妻面の飾り窓が残っています。


 初代「西方快車」といいたくなる、初代RW19高級軟臥車。1958年の東ドイツ製と云われる車で、モスクワ行きの3/4次で活躍したはず……。1995年に現行の二代目RW19に置き換えられています。

 さて。
 冷戦下とか文革下なら兎も角、1980年代以降なら、北京〜ウランバートル〜モスクワのルートも既に西側旅行者に開放されていたはず。しかし、その時代の旅行記・写真などは不勉強のためかみたことがありません。
 シベリア鉄道本線もそうなんですが、その昔にそうした鉄道・列車への乗車機会に恵まれた人が「車両趣味」者であることが稀であったことが惜しまれてならないのです。客車の設備やインテリアなど記録の機会は十分にあったと思いますのに……。
(余談ですが、鉄道趣味者ではない筈の妹尾河童氏は西欧やインドの旅客車に関して車両設計者レベルの詳細なスケッチを残されています。舞台芸術家という職業ゆえかもしれませんが)
 結局、3/4次とかRW19高級軟臥の魅力が知られるようになったのは右リンクにある「北京-モスクワ国際連絡第3/4列車」「中国鉄道倶楽部」以降ではないでしょうか?


 車内は公開されています。出入台から客室通路への斜め部分。現行RW19とレイアウトは同じようです。


 通路部。洗面所には通路に面して窓があるのは現RW19と同様。
 金属部分は真鍮製。


 個室。左が二段寝台で、右に一人がけソファ。


 設備などは現RW19とほぼ同じです。営業運転時はシートカバーや絨毯でもっと豪華に見えたことでしょう。


 個室内の洗面所。蛇口にシャワーヘッドはないので、現RW19のようにシャワーとして使うことは考慮されていません。床はタイル。


 再び通路へ。通路には折畳小椅子のほか、固定の小テーブルがあります。通路で一杯やるには有り難い設備ですが、現RW19では無くなっています。カーテンは横引きの全高レースカーテンで現行車の半高レースカーテン+ロールアップとは異なります。
 窓は上1/3のみが開くのでしょうか? 写真とか撮りにくそうなんで、ここは現行車に軍配が上がります。ただ……もし次世代車が投入されるなら空調固定窓になってしまうんでしょうね。

 内装は化粧板ではなく本物の木で、金具類は真鍮製。かなり惹かれます……が、前者はあんまり良い仕上げとは思えません。ワゴンリの類と比較というより、日本の私鉄電車でニス塗りの車、或いはJR九州辺りでの木質内装車よりも一段落ちる加工の様な気がしました。
 それを思うと……やはり現RW19は頑張った車だと思いますね。世界で一番豪華な寝台車……ではないですけど、ウランバートルまでの一日一晩でもかなり楽しめます。それに、西側の普通の人なら誰でも払える運賃料金ですし。

 初心に戻り、「西方快車」をお勧めすることにします。
ラベル:中国 鉄道博物館
posted by 西方快車 at 22:50| Comment(0) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月12日

【第11日目の2 20090605】北京篇5(中国でICE3に乗る)

 欧州一周旅行が1998年春。ICEは普通に走りまわっていたはずなんですが「何時でも乗れるものより、無くなりそうなものを最優先」という姿勢のため乗ったのは古いタイプのICやECばかり。おかげでスイスのパノラマ1等車(最近運用減りまくりとか。いい車なのに……)とか、当時引退寸前のフランスのグランコンフォート客車(既に都落ち)、あとドイツのTEE崩れと思しき?1等コンパートメントとか乗れたわけですけど。
(確か1等用のユーレイルパスが15日で7万円強、2等用のユースパスで5万円位。それなら1等用買え!という発想は……少数派のようでした、当時でも)

 そんなわけでTGVは兎も角、ICEは未乗のままでした。余談ですがTGV-Aの1等車はオープンサロンとコンパートメントで運賃料金同じなのは殆んど詐欺ですね。運良く乗ったのは後者でしたが。

 と、昔話はともかく。
 ICE3にすぐ隣の国で乗れるようになったというのは凄い時代だと思うのです。しかも本国を上回る最高350km/h運行。問答無用の世界最高速営業列車!
 幸いにも?天津までの近距離?列車への使用ですから、時間・運賃ともに気軽に試し乗りできます。
 
 辿りついた北京南站は超近代的なもの。そして設備は広大。
 天津まで行きは二等座の車票を購入。お目当ては展望席の特等ですが、帰りのお楽しみにとっておくことに。
 30分ほど待って乗車。燕京ビール売ってた売店が幾つかありましたが、何箇所かはボッタでした。数軒回ると安いところもあるのが不思議というかいい加減で助かりました。
 幸いにも指定された二等は先頭車で、ガラス越しに特等座と運転席を見通すことも「何とか」できます。流石にかぶりつきっぱなしはしませんでしたが。ちなみに乗車当時で前展望特等は販売せず後ろのみ販売でしたが、今はどうなっているのでしょう?
 座席は聞いてた通りのCRH2……新幹線E2仕様でリクライニングも回転もするもの。肘掛は車体幅とのつじつま合わせるために薄っぺらいものですが、座席幅自体は日本の新幹線と同等です。此処は上手く新幹線とICEのいいとこ取りしたと思う由。


 騒音や振動は少なく、300km/h以上の走行でも気になりません。
 気になるのはLED表示機に時折表示される速度数値の方。


 この便では331km/hが最高速度でした。十分に満足♪
 自分の世代だと「鉄道の最高速度は1955年にフランスの電機が出した331km/h」というのが脳内に焼き付いてるんで、その速度に追いつきゃお腹いっぱいってものです。
 
 二人掛けの隣席は鉄道業界紙(日本でいうとこの交通新聞?)みたいな新聞読んでる中年男性でしたので、何らかの業界関係者かと推測、取り敢えず英語と筆談で褒め倒しておきました(笑)。電車はドイツ流儀座席は日本流儀ということも理解して居られたようでしたし。

 30分強はあっという間。
 天津到着後北京に戻る車票を抑えます。特等狙いなので券売機が使えず窓口に(券売機は1等2等のみ発見可)。直後の便は特等取れない(満席か特等設定なしか……後者なら、CRH2便?)ので1時間後の便で妥協。駅前で飯食ったりで時間つぶし。
 

 天津站。19時半。ロシアから戻ってきた直後だと、19時回ると暗くなるのに驚いたり……。


 站構内。人でいっぱい。


 站台。電車でいっぱい。並んでるのはすべてCRH3で、既にCRH2は見かけず。ICEと新幹線の歴史的並びは見ることかなわず(まぁこれからの中国だと何処でもみられるようになるんでしょうけど)。
 冷房装置が車体とツライチでないことと、パンタカバーが小型であるのは日本人から見ると違和感ある部分ですね。騒音大丈夫?

 いよいよ楽しみな特等展望席へ。


 こんな感じ。9席のみなので高いわりに取りにくい……ようです。座席は1等同様の新幹線タイプ。
 期待はずれだったのは夜間の後展望だと景色や速度感が望めないこと。こればかりは致し方ない。隣席の若い男性(学生さん?)が日本好きな方で、こちらもあれこれお話出来たのは楽しかったですが。
 やはり、北京まではあっという間でした。


 運転台。昼間なら展望望めそうです。
 手前はサービスのお茶。ハーブティ系でしたが……まさか加糖とわ。中華圏舐めてました。
(ロシアでは何も云わずに水といえばガス入り、中国と台湾だと何も云わずに缶・パック・ペットの茶といえば砂糖入り、というのは忘れちゃいけません!)
 まぁ飲めない味ではありませんでした。慣れは必要?


 こちらは二等座でサービスされてる水(チベット産というのが意味深ですが、普通に美味しい水)。
 木製の如何にもそこらへんで売ってるラックに並べてるいい加減さが嫌いではありません。日本だとこんなものでも不燃性素材要求されたりしますからねぇ。
 左にデッキが見えますが、車体とホームの間を埋める小さな可動式ステップも要注目です。


 服務小姐。昔(10年くらい前)の中国では女性の車掌も男性と同じ制服でしたから凄い代わり様。
(今の日本の女性鉄道員の方が男性的な凛々しい制服が多いですね)


 売店のある車だけは、二等座は向かい合わせ固定でテーブル付。
 この設備を生かした気の利いたサービスでもあればいいのですが、その辺の気の利かなさは中国鉄道部の中国鉄道部たるところで。


 売店。営業してましたが開店休業状態。所要時間考えれば仕方ないですね。


 中国仕様の給湯器。何時でもお湯が使える便利さは褒めていいと。
 同じICE3の仲間、ロシアのサプサンにもサモワールはあるんでしょうか? 個人的には長距離列車には絶対に必要な設備だと思います。


 一等座。新幹線と同じ(笑)。ただ、新幹線グリーンやCRH2の一等と違って床が絨毯でないのが残念ですが。
 座席肩の小さなフックまで新幹線仕様ですね。


 残障者用の厠所と連結部など。曲線使ったデザインと木質系のパネルは、この電車が欧州流儀であることを強く感じさせる部分です。ひろびろゆったりゆとりの設計。


 到着後、北京南站にて。
 和諧号表記はやっぱり格好悪い……。前面はやめてほしい……。

 乗って楽しい電車ではあります。天津までの高速体験は悪くありません。
 ただ、近距離の乗り物としては疑問がありまくりですが。日本なら「新快速」(特別快速でも快速特急でもいいんですけど)が結ぶべき区間を新幹線化して運賃の大幅値上げというのはどうみればいいんでしょう? どうせ30分程度の乗車なので、今のデラックスな設備よりも、セミクロスシートの硬座と現二等座クラスの軟座とし、全自由席としてその代わりに硬座を現二等座の半額程度で提供する方が実情に適しているように感じられましたが……。

 さて、北京南站に戻ってきて……帰りも市内への移動が悩みに。
 バスに間違えた系統乗ってしまい、夜間の本数減・系統減のなかで結構焦りました。なんとか地鉄站にたどり着けるバスに乗れ、宿に辿り着きましたとさ。最初からタクシーにしとけば……。
posted by 西方快車 at 20:50| Comment(0) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月08日

【第11日目の1 20090605】北京篇4(取り敢えず、四合院で一休み)

 そういえば、サンクトペテルブルクで市内のフィンランド駅みて思ったのは「ここから自由の、西側の国にすぐ行けるんだ」と時代錯誤なことを思ったり思わなかったりしました。
 今から思えば、フィンランドに抜けてそこから帰国するのも、検討する価値はあったかもしれません(フィンエアーのヘルシンキ→成田の片道運賃調べる位はしてもよかった)

 フィンランドには政治的な自由はありましょう。
 が、そんなのより旅行者に大事なのは「超ミクロ経済的な自由」の方なんですね。飯食う前に店外のメニュー睨みつけて高すぎないか確認したり、タクシー乗るの諦めたり、日本より高いビールに呆れたり(水で妥協するにしても、水も高い)、宿も選択の自由が殆んどなく高いカネでドミトリー。移動は2等車。
 その意味で中国は政治的には最悪でも、「超ミクロ経済的な自由」にはまだまだ満ち溢れています。水がわりにビール呑んで、飯は安すぎるとこを逆に避け、宿は基本選び放題、移動はタクシーばかりだと詰まらないから敢えてバスや地下鉄も乗る、列車乗るなら軟座以上! そんなことができる有り難さ。

 別にロシアが超ミクロ経済的な自由がないってわけじゃないですよ。思ってたよりは物価低めだったのには助かりましたから。体感で台湾くらい、除くモスクワの宿代ですけど。
(確か為替の関係で2008年くらいが最悪だったようですが。経済混乱してた大昔のことは敢えて語るまい)。そういえば、国際列車内で「モスクワは物価が高そうで」とかの話に「いや、東京はもっと高いだろ!」と返されたことも思い出すのです。

 で、北欧の物価高は昔から知られる話で……。
 共産圏からの亡命が如何に命がけであったかわかるってものですし、政治的自由の値段の高さがわかるってものです(なんか凄く勘違いしてる気がしますが、飽く迄、自覚の上なんで)。

 とまぁ、経済的なことを抜きにしても、機場線終点で地下鉄乗り換えて思ったのは……
「ああ、日本に戻ってきた!」(違)
 壮麗さはないものの小奇麗で照明が明るく、冷房も効いた(重要)、そして漢字と英字でわかりやすい表記のある地下鉄! 乗る前に駅名とか「何駅先で降りるか事前に覚えて」乗る必要がまったくない開放感。肌で感じる治安の良さ。カメラ出しても怒られなさそうな良い意味での緊張感のなさ(ただ、面倒かつ日本の電車のように身近に感じたが故に写真は撮らず)。
 
 そんな安心感で地下鉄乗り継ぎ、真新しい5号線の駅から胡同内にある宿を目指します。


 こんな感じの道を100m程歩く。ちなみに地鉄2号線(環状線)内。

 先に中国では宿が選び放題……とか記しましたが、それなら普通のとこより四合院宿に泊まってみたいと思っていました。憧れの「十二国記」とか「後宮小説」とか、中国いったらだらりと観てたあっちのTV時代劇の世界(笑)。
 昔(普通に蒸機だらけ緑皮車だらけの頃)の中国観光記では聞きませんでしたので、四合院改造したホテルは最近の流行りの商売の模様。
 四合院宿はここが異様に詳しいです(日文一部中文)。
http://chinapekin.exblog.jp/tags/%E5%9B%9B%E5%90%88%E9%99%A2%E3%83%97%E3%83%81%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB/
 2008年の五輪特需を当て込んだのか、けっこうな数があります。ドミのユースホステルクラスから、高級ホテルまで何でもあり。中級が一番多いんですけどね。

 一泊目に選んだのは「北京柏斯特客桟」。たぶん中級。
 http://www.hoteltravel.com/jp/china/beijing/beijing_best.htm
 上記は予約サイト(但し現在予約不可と出る)。ちなみに自分が予約したサイトからはリスト落しており、また宿の公式サイトも繋がりません。ひょっとして……?

 今の詮索はともかく、2009年の6月に戻りましょう。



 写真は翌朝撮影でし。

 期待した通り、雰囲気はなかなか。まぁ高級感はありませんが安っぽくもないと。
 宿番は中華圏のお約束通りに女の子というか小姐というか若い女性。対応は悪くなかったです。中国では午前中からでもチェックインできる習慣があるので、午前中でしたが堂々と。


 部屋から中庭をみる。


 ベッドや家具類はデザインが古め。
 設備はお湯の入ったポットとサービスの水(この二つが無かったロシアの高級ホテルを許すまい!)、テレビは液晶。有線のネットもあったような気がします。


 洗面台。中国ではこんな洗面台も製品であるみたいです。
 左がシャワーブース。バスタブなし。

 掃除はされてるので清潔感はありますが、給湯は簡易でお湯が出ないのは参りました。面倒なのでクレームもしませんでしたが(もともと四合院には水回りないので、無利して後付けしてるという事情も知っていたため。でも冬なら確実にクレームしてた)……それでも数日ぶりのシャワーは有り難し。件の洗面台で洗濯。
 あとは……寝てしまいました。
 モスクワ着くまで車中5泊、モスクワで1泊したものの後は車中2泊に機内1泊。寝るなというのが無理な話。
 
 15時頃起きだし。
 さて、北京では鉄道博物館は絶対に行こうと決めていましたが、それ以外の予定は未定。
 天津までの高速鉄道は「世界最高速度の営業鉄道」ではありますので、乗りに行ってみようと。

 宿周辺。四合院の再生工事。
 経済発展ばかりの国ではないことを感じます。行かないと分からない部分。


 表通り。この下には地鉄5号線があるはず。
 街路樹の緑が綺麗。空気も悪くありません。


 天津行きは北京南站からなので、通りかかったバスに乗る。連接式のトロバス。ツーメン運転ゆえドア配置が独特。


 車内。新型ながら冷房なし。その代わり運賃は低廉。
 10年ほど前のハルピンでは運賃2倍(当時で4元)の冷房車も導入されていましたが、北京では見ませんでした。運賃を上げないための施策か、新車の導入ペース上げるための施策か。どちらにしろ悪い判断ではないと思います。

 バスそのものは悪くないんですが、問題は渋滞。地鉄駅見えたところで降りて地下鉄で「ワープ」試みます。

 マナーポスター。黄色い線の内側でお待ちください。電車は今は引退した2号線の旧型車(そんなに古くない。1990年頃の車の筈)。


 文文はツンデレキャラ設定(脳内認定)。

 それにしても、この地点では北京南站は不便なところでした。地下鉄は未だできてないし、バスは線路はさんだ反対側の「旧」北京南站に着くわ……。少し迷ってようやく、バス終点の北京南站と、天津行きの新北京南站が別の場所であること理解出きたのでした。

 旧北京南站のバスターミナルにて。トロリーバスがずらり。オリンピックの頃に総入れ替えでもしたのか古そうな車がまったく見えないのも印象的です。


 小型オート三輪も健在。左のは古そうですが、右のは? 今でも作っているメーカーがあるんでしょうね。


 胡同はどんなところにも残っています。

 歩いて30分……やっと真新しいドーム屋根の北京南站が見えてきました。暑い日ゆえ、余計に疲れました……。
(今は地下鉄が通ったようです……)

posted by 西方快車 at 20:27| Comment(1) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月07日

【雑記】空港アクセスの電車に思う

 モスクワシェレメチェボ空港へのアエロエクスプレスも、北京首都空港も最近鉄道アクセスが出来てそれなりに便利だと思います。で、使用電車はどちらも両開き2ツ扉のクロスシート車。無理のある喩えですが京急2100や阪急6300相当の車ですね、特急料金いらないか、必要でも凄く安い(ウイング号とか)カテゴリです。

 で、成田空港アクセス。
 3ツ扉ロングの通勤電車避けると、その上がいきなり1ツ扉リクライニングシートの特急電車で運賃料金合計が倍になってしまうというのは何とかならないもんでしょうか。しかも40分に1本では少なすぎです。これじゃタイミングによっては費用に余裕あってもロングシートの通勤電車に乗らなきゃいけなくなります。
(JR束のボッタクリA特急料金の電車とか、ボッタクリ運賃で独占するリムジンバスはこの際交通手段としてはシュレメチボの白タク同様に無視することにします)
 欲しいのは2ツドアクロス(大荷物持っても乗車しやすい!)の電車。料金不要なんて贅沢は申しません!¥500位の料金は喜んで払いますよ。で、南海や名鉄みたいに一般車も併結すると。上野〜成田空港の全特急にクロスというか指定席車併結(ラッシュ時はクロス車だけで通勤ライナー的運用)が理想。

 でも新型スカイライナーの導入とか、どう考えても理想とは程遠いことやってますね、京成さんは。
 余談ですが、服飾デザイナーに鉄道車両デザインさせちゃいけません! ちなみに新型NEXも嫌い(最悪のモダニズム。金もらっても乗りたくない)。でも、ラピートとか水戸岡デザインとか大好き。なんで、あんまりアテにならない意見かも(苦笑)。

 閑話休題。
 成田はクソ遠いことのが最大の難点ですが、その距離感を伸ばしてるのが半端に距離感を伸ばしている特急車と通勤車の格差とか使い分けだと思うんですよ。特急車だと無駄に長旅してる気分になるし、通勤車だと乗りたい距離じゃない! 
 京急で久里浜行くのや(2100か新1000限定)東武で栃木行くのは(6050快速限定)遠いとは全然思いませんけど、京成で成田は遠いなぁーって思いますからね。

 あと、最近はやりのツアーバス形態で成田空港線やる強者いませんかね。
 JRバスや私鉄系事業者脅かすツアーバス業者はあんまり好感もってない私ですが(ピーク時運賃でJRバス並みのグレードの車にすると運賃差は誤差範囲になるし。だったら安心感でJRか私鉄系にしちゃう)、成田空港アクセスで東京空港交通のボッタクリ運賃体系をぶっ壊してくれるなら大歓迎ですよ♪ 片道\1500位でお願い。
 これが流行ると、京成やJRも何か考えてくれるかもしれませんしね。
posted by 西方快車 at 23:59| Comment(0) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月05日

【第10日目の4 20090604】モスクワ篇10(シェレメチェボ空港とCA910便。さらばロシア、再び中国)

 確か、出発の2時間くらい前に空港第二ターミナル着。微妙に余裕があるようなギリギリのような。

 さて……。
 これから乗る中国国際航空に関して、食事とかに関していい評判は聞きませんでした。国内線だからダメなのかと思うと、日本向け路線(流石に北京〜成田とかではなくて、地方発着)でも油断は出来ないとかなんとか。
 で、今回はSVO→PEKでたった¥37700の激安運賃。メシ抜きでも文句言えない運賃(笑)。ですから、何があってもいいように乗る前にきちんと食事はしておこうと思いました。

 それにしても今回の旅行で痛かったのはモスクワ二日目からの体調不振でいつも通りに飲み食いができなかったこと。ロシアの食い物と酒は最高に旨いことは分かったのに、どちらも満足にとれない悲しさ。
 その埋め合わせの意味で、普段は割高故にまず利用しない(笑)、空港のレストランに向かいました。まぁ使いきれなかったルーブルが半端にあったのも事実ですが。

 レストランはガラス張り。なかなかモダンで快適な空間。少し暑かったですが。
 途中で従業員食堂というかスナックのようなところを通しましたが、ここはソ連的な無機的空間でした(笑)。


 レストランの窓より、これから乗るCAの777-300。
 ボールディングブリッジの広告が今のロシアって感じです。

 メニューは場所柄英語表記あり。ボルシチとペリミニグラタン仕立て(メニュー名忘れた)、あとビール。¥2000位。場所考えれば高くはないですかね。
 サービスとかは普通(普通ってことに価値があるのがロシアのロシアたるところですが)。
 でも場所柄辛かったのは結構またされたこと。空港のレストランなら「早い」は大事なサービスだと思うんですけど……。


 ボルシチ。3列車の食堂車の方が美味しかったかな(不味いという意味ではなくて)。パンは白パンも添えてあるとこがやはり空港という場所柄でしょうか。


 ペリミニグラタン仕立て。美味しかったんですが、急いで食べるハメに……。
 調理は先の職員食堂と共通と思われます。

 出発の1時間前に何とかカウンターでチェックイン。成田や北京首都空港の感覚だとちょっと忙しない時間です。でも、ここでは未だ余裕なようで、向こうは「何急いでるの?」という表情でしたが……。
 余裕の理由は分かりました。ターミナルビルが狭いんですよ、凄く。
 出国検査とか税関とか殆んど歩かずに済んだような気がします。出発ゲートまでも近かった。
 そういえば、出国検査時にパスポートみせる前には日本人に思われなかったこととか(笑)、飲み残した缶ビール1本を「寄付」したこととか(処分したりせず飲んでくれたかな?)。まぁフレンドリーな雰囲気ではありました。
 この空港を悪く言う人は少なくないですけど、狭さゆえの便利さもあると思うんですよ。
 動く歩道だらけの成田、電車に乗らなきゃいけない北京……何か間違ってるような。


 時間があったので、免税エリアで土産物屋冷やかして最後のルーブル使い切ったり。あんまりいいものはありませんでしたけど……。小さな人形が未だに1個誰かにあげ損なって余ってます……(笑)。


 免税店やカフェなどは如何にもあとから増設したという感じで、商魂を感じます。
 成田や台北、北京のやたら気合の入った空港内ビジネスには負けてますが、でも既存設備内で頑張れるだけ頑張ってるのは悪いことではないです。
 ちなみにLAXのショボさは感動的でした。最低限のカフェと売店のみ! アメリカで、田舎なら兎も角、西海岸で「昔のソ連」を体験できるとは思いもしませんでした(苦笑)。そんなわけで個人的印象ではSVO>LAXでし。

 搭乗。予想通りですが回りは中国人客のみ。たまに居る西洋人はロシア人という雰囲気。西側の匂いはありません。満席。
 席は購入時に2-5-2の2列の窓側指定したので居住性は良し。シートテレビなど機内エンタメ皆無ですが(音楽はあったかも)、個人的にはその手は不要派なんでどうでもいい感じ(小さい液晶で映画観ても楽しくないし、音楽は好きなの聴きたいし)。隣は中国人女性でしたが、英語出来ないため特に話もできず、彼女はグループの中の一人という感じでした。
 でも……えもいえぬ安心を感じたのも事実。
 ロシアに比べれば、まだ中国はいろいろな意味で「近い国」であることは否定できないのです。


 機内より。SVO第二ターミナル。アリタリア機がちらりと見えます。西の匂い……。


 離陸。やはり緑の多い国です。ロシアの大地のイメージと云われると「緑!」と答えざるを得ない。
 それにしても黄色い飛行機やたら目立ちますね。どこのキャリア?


 さよなら……。いい国でした。また来たいと!

 さて。
 冒頭に、機内食には期待出来ないとか記しました。で、牛肉か魚の選択を聞いてきます……。
 牛肉を選択。


 予想以上に立派な機内食に驚きます。見た目だけではなく味も上々。
 サラダはロシア式のポテトサラダで具沢山の。フルーツも美味しい。パンはパサパサでしたが気になるレベルじゃないです。
 モスクワ積み込みで、ロシア側業者のものだと思います。魚料理の方も気になるところ。

 あとはワインとコーヒー。その前に喉かわいてたのでスプライトを何杯もお替わりしましたけど。ビールはロシア側と中国側どっちを載せてたか覚えてません……。

 暫くして寝込み。CAの777-300窓側は割と足元に余裕あるので寝やすかったような。

 目覚めて朝食。北京着7:15なんで朝食出ないもんかと思ってたらありました。

 サンドイッチ1つですが、距離とか所要時間考えれば立派なものだと思います。

 
 往路は列車で超えてきたような、中蒙の山脈。土色の世界に戻ってきたのです。

 定時に北京着。同じ空港でも成田から着いた時と、モスクワから着いた時では印象が違うもの。前者では中国を異世界に感じ、後者では身近なものと感じたのですから。漢字と(必ずある)英文字に親しみを感じます。
 成田からの時と違い大掛かりなサーモ検査もなく、入国検査とかもあっさりしたもので(周りに同邦人居ないか探すんですが、やはり居ないものです)、余計に持ってたドル札を人民元に換え(確かドルT/Cの両替断られてムカついた。T/C使えねぇ……)、すっきりと北京地鉄機場線乗り場へ。


 ここも電車は二つドアクロスシート。市内まで30分ほど。
 車内写真撮るの忘れてましたが、ロシアのほど立派ではありませんでした。運賃違うんで比較しちゃ気の毒ですが。二つドア車で比較するなら、ロシアのがJR東海373系、北京のは京急2000(2ドア時代)って感じでしょうか。
 天気がいい中がんがん高速道路の中の線路を走り、市内近くで地下に潜り……。
posted by 西方快車 at 20:20| Comment(0) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月04日

【第10日目の3 20090604】モスクワ篇9(赤の広場とグム百貨店、アエロエクスプレス)

 ホテルに預けた荷物の回収と、少しは観光っぽいことするために地下鉄で中心部へ。
 あの馴染みにくかった地下鉄も慣れてくると使いやすい乗り物に思えてくるのが不思議です。


 中心部、赤の広場近くの街並み。

 そういえば、モスクワ・ペテルブルグ滞在中(たった3日ですが)に日本人には合いませんでした。
 まぁ市電乗っまくったり産業技術博物館とか鉄道博物館とか濃い?とこ訪問してりゃ、普通の観光ルートからは離れて当然なんですけど。モスクワのホテルも(ランクの割には)日本ではガイドブック等で宣伝とかしてないとこでしたし。


 このまま真っ直ぐ進むと赤の広場。

 で、唯一の例外がグム百貨店でした。





 中の旗とか看板が良い意味でロシアっぽい趣味。


 吹き抜け回廊の使い方が見事、ガラス張りのアーチも綺麗。中野ブロードウェイを100万倍、お台場ヴィーナスフォートを10万倍くらい綺麗にした感じ。

 グム百貨店はソ連時代の西側旅行者にはさんざん云われてたようです。曰く
「素晴らしく立派だが、ろくなものを売ってない」と。

 今は別の感想を持たざるを得ません。
「素晴らしく立派だが、売ってるのは銀座とかとまったく変わらなくて、面白くない!」
 普通に誰でも知ってそうなブランドショップが並んでます……ソ連っぽさは殆んどありません。此処自体が観光地でもありますから民芸品など土産物売ってる店が数件あり、そこだけはソ連というかロシアな感じなんですけどね。
 個人的にはソ連時代のろくなものを売ってなかった時代にも惹かれたりします(笑)。

 でも、食品売場(高級なの)は面白かった。加工品や惣菜類など美味しそうなんですよ。この日に出国ですから買えないのが辛いんですが。価格は日本で同じもの買うよりは少し安いんじゃないかな?という感じです。
 あと、土産物屋で家族用と自分用の土産購入。自分用は石(たぶんオニキス)で出来たチェス盤にしましたが、値段(確か1万円強)よりも重さで迷いました(苦笑)。北京経由でもって帰らなきゃいけないので……。ちなみにカードも使えます。値段全般は空港で買うより安めという感じ。食品売り場も含めて、時間が無いなら悪くないんじゃないでしょうか?


 アイスクリーム売り。一個50Pで¥150位。勿論美味しく2個も食べました。
 ところでこのお客さんのお国は何処?

 
 前後して赤の広場も通りました。
 どこかで「軍事パレードするには狭いんじゃないか」という指摘を聞いたことあるんですが、印象としてうなずけます。というか、軍事パレードするには向いてないですね(笑)。
 これはその辺意識して、一番広く見えるように撮った写真です。
 ビックサイト前のほうが広いと思うんですが……推定10数万の一般待機者貯められますからあちらは。ビックサイトで(ロシア軍の)軍事パレードとか、クレムリンでコミケとかアホな妄想はほどほどに。

 最後にホテルに寄って預けてた荷物を回収。チップに100Pは渡したのは……少なすぎ? 半端に渡すんだったら何も渡さない方がよかったのか? まぁロシアは原則チップ不要な筈なんですけど。
 昼食に最後のヨールキパールキに寄りたかったんですが流石に時間が押してきて諦めました。

 荷物が重くなったところで何とか地下鉄に。アエロエクスプレスに乗るため サヴョーロフ駅に向かいます。で、ここでもガイドブックの半端な古さにやられました……。地球の歩き方ロシア2008-2009だと
「サヴョーロフ駅発。ローブニャ駅で専用バス乗り換え。運賃90P。1時間に1本」
 との記述が。バス乗り換えあるとは云え便利そうで確実そうではあります。
(ちなみに、「慣れない場合は車の手配を頼むのが良い」とかいう恐ろしい記述もあります)
 で、現状はというと、運賃値上げ(250P。800円くらい)とは云え、アエロエクスプレスは空港直接乗り入れで更に便利になっていたのでした。30分に1本あります。

 切符買って(此処には英語の案内がある有り難さ!)、専用待合室の売店は少し高いので隣のエレクトリーチカ駅の方のホーム売店でビール2本とパンを買い込み、乗車。ビールはお馴染みになった「バルチカ」ですけど、度数が5度のと7度のが二種類あり、後者の方が安かった(32Pだった。¥100せず)のはなにゆえ? しかも濃厚な黒ビールであり、日本だと確実にこっちの方が高そう(笑)。
 

 サヴョーロフ駅にて。明らかに普通のエレクトリ−チカより上質な雰囲気。
 側面は両開き二つ扉で連続窓なので、京急2100を赤1色にした感じでもあります。


 隣のエレクトリーチカもなんか特別な感じです。固定窓でない分(空調なし?)ランク落ちますけど。


 車内は荷物置き場を挟んでの集団見合式固定クロスシート。乗車距離・時間に見合った設備でなかなか快適。液晶テレビまであります。




 こんな巨大団地と前衛団地の並ぶ風景も見納め。


 シェレメチェボ空港着。出来て間もない空港駅。将来に備えた?広大な設備です。今は2面2線ですが、なんか2面4線に拡張できちゃいそうな雰囲気です。
 ここでカート借りて荷物がらがら(楽!)。どうでもいいんですがSVOでもNRTでもカートは無料なのに、金とるLAXが阿漕に思えてなりません。


 空港駅外観。これで世界一不便な国際空港の汚名は返上ですね!


 連絡通路内の時刻表。
 アエロエクスプレスは各種表示に英語も多いため、ロシアに慣れてない人でも安心して利用できる交通手段だと思いますよ。
posted by 西方快車 at 22:55| Comment(2) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月03日

【雑草】備忘録:ソ連・ロシアの自動車(乗用車)の概観

 先のソ連宇宙開発関係の資料探ししてたら見つかりました。備忘録としてリンク。
http://homepage3.nifty.com/junji-ota/r/index.htm
「ソ連 ロータリーエンジン乗用車」

 概観、と記しましたが限りなく濃いです。
 知られざるソ連のロータリーエンジン搭載乗用車に関する記事なんですが(自分もロータリー市販車としてマツダとスズキの2輪、NSUしか思いつきませんでしたのでソ連・ロシアのロータリーにはびっくり!)、その前提としてソ連・ロシアの乗用車・自動車産業全般を眺めるようなコンテンツになっている由です。必見。
 こっちからみれば特徴的に過ぎる、ソ連・ロシアの乗用車は見れば撮るように心がけてましたので、謎解きできるのはありがたいです。

 それにしても謎だらけですよね。ソ連時代末期から既に西側的なデザインの車は作られてるのになんで今でもラーダを作ってるの? とか。まぁ元がイタ車ですからデザインの素性はいいんですけど。
posted by 西方快車 at 23:59| Comment(0) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月02日

【第10日目の2 20090604】モスクワ篇8(「旅の終りは宇宙ステーションで?」宇宙飛行士博物館)

 思えば、子供の頃はソ連の宇宙開発というのはとてもとても遠くに感じられたものでした。アメリカに関してはアポロにシャトルと派手な情報も多く、子供向けの雑誌(それこそ今度廃刊になる「学習」や「科学」あたり!)やら図鑑で紹介されることも多かったのに、ソ連に関してはまるで敵国と云わんばかりの地味な扱い。
 初期に犬を飛ばして未回収とかやってますから、それもまたネガティブなイメージに繋がっていました。ましてや鉄のカーテンの向こう側……。

 おや? と思ったのはソ連末期のTBS秋山氏のソユーズ・ミール搭乗。
(思えば、お金を払えば乗れる宇宙船を実現したのはソ連だったのです……)

 そして、がらりと印象が変わったのは「宇宙の傑作機シリーズ:ソユーズ宇宙船、他(同人誌)」「スペースシャトルの落日」「われらの有人宇宙船」辺りで有人宇宙船についてそれなりの知識を持ってから。

 アメリカよりずっと堅実に、安全志向で、そしてコスト優先で進められてきたソ連・ロシアの宇宙開発。裏読みすればキリはありませんが、それはアメリカだって同じ。ソ連への偏見抜きで見るなら賞賛すべき点も多かったようです。
 興味持ったら以下サイトはおすすめです(すべて日本語)
http://homepage3.nifty.com/junji-ota/index.htm
http://spacesite.biz/russia.story.top.htm
http://www2.tokai.or.jp/RMS/

 また、宇宙開発を扱ったフィクションでも「王立宇宙軍」「ロケットガール」はかなりソ連宇宙開発を意識した作品で気がついたらはまってましたね。後者では出版時現役だったミールも出てきますし。

 そんなわけで、モスクワの宇宙博物館はかなり気になってました。鉄道からの遠縁で乗り物ではある程度の居住空間orベイロードのあるものが好き(例えば飛行機なら戦闘機より重爆撃機や輸送機が好き)という嗜好ですので、メインテーマが「有人宇宙飛行」であることも大きい。いや打上機や無人探査機が嫌いってわけじゃないですけどね(やっぱりロシアのR-7系好きです)。
 幸いにも、2009年春に改装終了!再オープンばかりしたばかりではありませんか。これは絶対に見逃せないと……。

 
 メインホール。かなりひろびろとした空間。最初、博物館はこのホールだけなのかな? と勘違いしたほどです(少し前までの神田の交通博物館同様、奥がふかいんですよ実は)。
 ヴォストーク宇宙船。詳細は以下参照。

 世界最初の有人宇宙船。小さなカプセルに過ぎませんが果たした役割はとてつもなく大きなもの。球形という無駄の無さが素晴らしいデザインです。細部が精密機械であることを伝えます。


 内部。射出座席が収まるため意外と広いものです。但し、ここに3人詰め込んだと云われる3座のヴォスホート宇宙船もあったわけで、それは流石に狭そうです。
(まぁ、世には深海探査船とかラッシュ時の田園都市線とかいう更に狭い空間に乗員押し込む乗り物もあるわけですが)


 宇宙服のアップ。ここで宇宙への偏見が一つなくなりました。宇宙服というのはもっと未来的な生地とか縫製……いや縫製以外の手法で作られたものかと思ってたんですよ。生まれてこのかた(笑)。
 生地を縫製して作られる、一般的な衣服の延長線上にあるものだったんですね。いや、EVA用とかは別なんでしょうけど。


 衛星追尾船の模型。実に未来、そしてSF的なスタイルではありませんか。


 片道飛行のカプセル。クドリャフカに対して過度な憐憫は持ちませんが(動物実験すべてを否定するわけにはいきませんのでね)、贄としての功は忘れてはなりますまい。


 奥に行くと、更に広い空間が用意され、こちらにはミールやソユーズという最近まで現役だった、或いは現役の宇宙ステーション、宇宙船が展示されています。


 宇宙ステーション、ミール概観。
 単なる複製なのか、或いは訓練用のものなのか分かりませんが……。
 ひたすら大きい。これだけのものを打ち上げたのはやはり凄いことです。
 なお、博物館の展示そのものも階段などの多い立体的なものであることが分かりますね。


 ミールのコントロール席。宇宙空間では上下左右を意識する必要はないはずなんですが、生活空間と考えると「床」「天井」そして「椅子」という概念が大事になってくるのでしょう。とても良い思想です。


 ミール内。右には生物実験装置。




 テーブル。宇宙食の保温装置を兼ねています。
 奥に見えるのは個室寝台、右奥はトイレ。
 個室寝台はなんと縦向けで立って寝る!わけですが、よく考えると宇宙空間ではそれでも大丈夫なんですね。

 個室寝台。上下の感覚が地上と同等になるように配慮されたミール内で、唯一「無重力下」であることを意識させる場所です(笑)。


 トイレ。言うまでもなく大小とも「吸い取って」しまうものです。


 おそらくコンピューターだと思うのですが。知識ないので分かりません。
 

 左が宇宙用のチェス板、右が宇宙用冷蔵庫。チェス盤は駒を差し込むものですが、磁石などではマズい理由があるんでしょうか。
 冷蔵庫は中身が飛び出さないようになっています。サンプルの果物類が見えますが、宇宙でも生の果物は食べられるんですね!
 

 ソユーズ宇宙船の内部。左に扇風機が見えます。
 冷房……というより温度調整の機能がないわけではないので、空気の撹拌用なんでしょうか?


 ソユーズのコクピット。スイッチがいっぱい。細かいことが分かると面白そうなんですが……。


 ソユーズの外形。裏面の表記類はロシア語の他英語表記もあります。(緊急・最悪の場合)世界の何処に落ちるか分からないことを前提にしています。 底面の高温に関する注意が目を引きました。


 別のソユーズ。
 雪の山中に着陸したところを再現した展示(ここは凄く、今時の博物館らしい展示です)。やはり英語も含めて取扱注意が描かれています。高温になるのは相当に広い範囲のようです。
 近所に宇宙船が降着したら要注意ですね(笑)。 


 入場料とかの案内。参考までに……。外国人大人250P……だったと思います。¥800の価値は十分。

 展示は観やすく実に豊か、そして英文解説も完備しておりなかなかの博物館です。実物や実物大複製?が多いので水増し感ゼロ(というか、これでも割愛しまくってる感じあり!)。嬉しいのは殆んどの大型展示物は「直に触れる」場所におかれていることでしょうか。プラスチック越しにしか鑑賞出来ないスミソニアンのマーキュリーカプセルよりは身近に感じます。
 ここはオススメです。問答無用に!


 最後に。やはりこの塔は晴天の日が似合います。ずっと空へ!
posted by 西方快車 at 21:58| Comment(0) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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