これはアムトラック以降化後に乗客が減ったからそうなった……とかいうのではなく、少なくとも1940年代にはこの運行形態になっていた模様。
シアトル発の8レだと、出発日の深夜0時半にスポーケン着。ここでポートランドからの28レを併合します。

左がシアトルからの8レの最後尾。右がポートランドからの28レ。
時刻表では、ポートランドからの28レが先着することになっていますので、28レは到着後に8レと同じホームに転線したと思われます。
ここまでの8レ「エンパイア・ビルダー」の編成は以下の通り。
←シカゴ →シアトル
機関車−機関車−荷物−従業員寝台−寝台−寝台−食堂−座席−座席
これの後ろに28レをそのまま繋げる由。
←シカゴ →ポートランド
機関車−ラウンジ−座席−座席(1階荷物)−寝台
ここからの併合作業手順です。
・8レを全車、シカゴ方面に引き上げ。
・28レから機関車を切り離してシカゴ方面に引き上げ。28レはホームで待機。
・8レを再びホームに戻し、機関車の無くなった28レに繋ぐ。

28レの機関車切り離し。

28レ。機関車のない状態での待機。

28レの座席荷物合造車からの手荷物扱い。
4両の分割編成であっても手荷物車が存在するのがアメリカの流儀。

8レがホームに戻ってきて、28レと連結されます。
スポーケンでの作業時間は45分と多めにとられています。遅れのマージンも込みなのだと思うのですが。
スポーケン発は1:15。流石に直ぐ寝てしまいました。座席車3泊目です。
さて、アムトラックの長距離列車では幾つかの編成上の「お約束」があるようです。
・分割併合のない列車では、「荷物−従業員車−寝台−食堂−ラウンジ−座席」と組成する。
・編成の向きは必ず三角線などで変える。荷物車は必ず機関車の次位。座席車は最後部。
・寝台車と座席車の間には食堂・ラウンジ車を挟む。
・食堂車とラウンジ車は隣合わせに繋ぐ。
更に、分結併合があると以下が加わります。
・片方に食堂車、片方にラウンジ車が来るように分割する。
・どちらの編成にも荷物車(荷物合造車)は含めるようにする。
「エンパイア・ビルダー」ではシアトル編成に食堂車、ポートランド編成にラウンジ車で分割後に「エサなし」にならないように配慮している由です。この種の運用を行う場合、食堂車の一部は「売店」として使われますし、また食事が料金に込みの寝台車客には弁当が配布されるとのこと。
余談ですが、1960年代の「エンパイア・ビルダー」ではシアトル編成(7/8)に最後尾展望車があったため、分割併合は以下の手順を要していたと思われます。
・シアトルからの8レを半ば(座席と寝台の間)で分割
・ポートランドからの28レをその間に挿入
深夜にも停車があるのですが気がつかず。目がさめたのはホワイトフィッシュ駅の手前でした。
駅舎の見事さに思わず下車。ここも20分強の長めの停車です。

ついた地点ではまだ暗い。

保存されていた入換用機関車。正調のGNカラーです。

構内を見渡す。山の中なのに立派すぎる陸橋が自動車社会アメリカを感じさせます。

最後部より。

今度は一番前へ。長い編成ゆえ結構疲れました……。
機関車はポートランドからのものが頭についてますね。
余談ですが、こんなところまで来てる「同業者」は殆ど居ないのも印象的でした。

朝日を浴び、山の姿をその身に写せば、あの醜いジェネシスだって美人に見えるもの……。

この駅の「GN文化財」その1。GNのシンボル、シロイワヤギ(マウンテンゴート)の像。

「GN文化財」その2。昔の客荷両用と思しきバス。バスにもGNカラーはよく似合ってます。

「GN文化財」その3は言うまでもなくこの駅舎。1927年築とのことなので見た目ほど古く?はありません。でもこの地域のシンボルを作ろうとした心意気を感じるのです。

手荷物扱い所の八角堂が珍しい。あと「荷車」が馬車時代からじゃないのか?というような古風・素朴な形状なのが印象的。自分が知る限りで、日本の荷物輸送末期はかなり近代化されまくっていたことを実感させれれるのです。
発車することにはかなり日が登っていました。