2009年07月25日

【第4日目の3 20090529】バイカル湖畔から一気に山越えて、イルクーツクへ。

 スリュジャンカで買ったオームリの燻製。味も気になるので早速いただきます。皿が無いので適当な空き箱を皿代わりに。
 


 味は想像通り期待通り「鱒の燻製」、塩加減も適切で実に旨い。ロシアで最初に買った食い物が旨い! というのは幸先よさそう、ってもの。
(こんなこと書いてたらまた喰いたくなりました。日本で似たようなものないかしら……)
 ところで、箸がないと食べにくいですよ、これ……そこそこ小骨あるので。箸使わない文化圏の人がどうやって食べているのかはちょっと気になりました。

 スリュジャンカを出ると、まもなく右手に山が迫ってきます。
 昔は更に湖畔を回って、穏やかにバイカル湖に注ぐ川沿いにイルクーツクまで上っていったようなのですが、1949年に山越え直進の現行ルートに付け替えられています。

 この山越えルートが素晴らしい!
 スイッチバックやループこそないものの、Ωループを繰り返してひたすら高度を稼ぐ! そして見下ろすはバイカルの湖水。云うまでもなく世界鉄道名景色の一つ! 


 Ωカーブの先、これから行く道を「下ってくる」貨物列車を見上げる。


 鉄道と湖畔の狭い土地に市街が展開します。


 シベリア鉄道の余り語られない特徴は「トンネルが少ない」こと。ウラン=ウデ〜モスクワまでで、記憶している限りトンネルはこの1箇所だけでした(眠ってる間に他にトンネル通った可能性も高いんですが)。


 湖水に対して、高度を稼いでいきます。道路もヘアピンカーブ。




 湖畔の「旧線(バイカル湖畔鉄道)」を見おろす。


 山側を見上げると、登る先に保線基地が見えてきました。


 ひたすら、登る。右は保線用の側線?


 先の保線基地。バラスト交換車? 大掛かりな機械ですが、ロシアではよく見るタイプ。


 いよいよ、湖水も見えなくなってきます。かわりに広がる雄大な眺め。


 貨物列車は、ここでも15分ヘッドでやってきます。次から次へと……。


 勾配途中の信号場? 複線+側線。どのレールも光ってますから、ここでの退避もしばし行われるのでしょう。


 まだ登る。


 保線基地の密度も濃いです。バラスト積みの貨車に、除雪車。除雪車が必要な状況があるわけですね。厳しい季節でしょうが、それはそれで惹かれるものが……。


 除雪車の反対側。背後にはΩカーブの反対側、これまで登ってきた線路がみえます……。

 
 タイミングよく、単機回送の電機とすれ違います。重量貨物列車の補助機関車……が回送されているものと推測。連結器上のシリンダーは自動開放装置のもの……と考えると辻褄が合うのですが。


 貨物列車とのすれ違いは頻繁にありますが、インサイドカーブと一致するタイミングは流石にレア。通路側の窓開けて粘っていたら、ついにやってきた!


 連写。ややタイミング悪し……。


 ギリギリ。いろいろな意味で……。すかさず顔とカメラを窓から退避!
 ところで、味わいのある鉄骨ポールがコンクリ柱に交換されつつあるのは残念ですね。現状ではまだ鉄骨の比率が高いようなんですが……。


 山奥にも民家が。保線小屋かも知れませんが。


 何か注意書きを記した岩盤……ここは崩れそうだ補強せよ、とか???


 読めませんが、「いってらっしゃい!」と書いてあるような気がします。保線担当者の心遣いが嬉しい。



 いよいよサミットを越え、下り坂へ。


 小駅。イルクーツクの近郊?といえるのか、普通列車も7.5往復。


 山菜採りと思しきオバちゃんたち。


 別の小駅。背後にはダーチャが並ぶ。明らかにイルクーツクからの日常的遠征圏ですね。
 

 ダーチャ群。別荘なんて贅沢な……ということではなく、食糧確保の為に山荘or畑持つのが必然だとも聞きますが、実際はどうなんでしょうか? 


 イルクーツクへと坂を下りる。この辺りの情景、どこか開放的でスイスっぽく見えるというのは云いすぎでしょうか。きっと機関車はRe6/6辺りで、客車もスイスの軽量客車に違いありません……ロシア電機と中国客車が「それっぽく見えない」んですねぇ。
 

 イルクーツク付近の操車場にて、ВЛ80の3重連形。ВЛ80には2重連形もありますがどうやって区別しているのでしょうか。後者1ユニットをバラして3重連形に改造した可能性を疑っているのですが。


 イルクーツク市街。共産主義的なアパート群! ぶっといパイプラインにデカいクレーン、そして適度な緑が実にソ連的イメージ!


 アンガラ川が右手に見えてきます。かつては鉄道もこの川沿いにバイカル湖まで下っていった由。
 

 構内に見える荷物車。長閑さと緊張感。

 先のスリュジャンカからイルクーツクまでは「僅か」2時間。しかし、変化に富んで楽しい楽しい2時間でした。カメラもって左右移動の落ち着けない2時間でもありましたが。
 モスクワ時間10:31、イルクーツク着。現地時間は15:31……しかし、列車乗ってると体感時間はモスクワ時間。これはウラル山脈越え、国内時差がなくなるまで変わりませんでした。


 イルクーツク駅舎。開業時……革命前のものでしょうか? 綺麗! 上品!! ロシアの鉄道施設は古いものを大事にしているのが分かるってものです。長野駅舎を壊して、奈良駅舎や二条駅舎を退かせたどこかの国は本当になさけないったらありゃしない。
 架線が欧州流儀のワイヤー張りなので、煩雑な感じがしないのも好印象。


 反対側に止まっていたのは「郵便荷物専用列車」。シベリアでは貨物列車だけではなく、荷物車に郵便車も多々活躍している由。何度もこの種の列車や荷扱い風景を見かけたのでした。
 この車は窓の少なさと、異様に深い屋根が目を惹きます。妻のバッファも欧州流儀の本格的なもの……連結器は自連ですが。
 連結の作業員が女性なのも印象的です。中国・モンゴルでも女性の鉄道員は多々みかけましたし、それ以前に日本でも女性の車掌や駅員は増えてきました……しかし、「旅客扱い以外の分野」での女性鉄道員はロシアだけではないでしょうか? 


 イルクーツクの発車案内板。社会主義モダニズムに満ちたデザインが秀逸! ただ、故障中の模様……修理されることを祈ります。


 ナウシキから3列車に連結されていた、ロシアの食堂車と二等寝台車。こうしてみると同じ「コミュニストグリーン」であっても、中国とロシアの色相の差異がはっきりします。はっきり明確な中国、くすんだ感じのロシア……なんですが、後者の品のよさも認めざるを得ない。文化の差異ですね。
 それはそうと、荷物のターレットがやたら賑やかなのも、鉄道荷物が壊滅した国から見ると羨望感じます。


 別の線に待機していた電機。ЭП1の「赤」。こうしてみると中々日本人好みのするスタイルだと思いませんか(目を細めるとED72の1号機、若しくはEF70初期型に見え……ませんか?)。


 イルクーツク発、遥かワルシャワ行の国際列車。北京からの列車と並ぶのも不思議な縁、若しくは日常。


 ЭП1(1999〜製造)の新旧。左は2007年からの改良機だそうな。別の機関車に見えるも、側面はほぼ同じ。貴方のお好みはどちら? (個人的には旧型の方が好き♪)

 写真撮るのと前後して、件の不便なスタイルの売店でビール2本(500ml缶で40Pのを2本)とカップ麺(35P 例の角型カップ)、駄目押しに缶詰(缶に絵が無く、ロシア語読めないので中身は謎。35P)を購入。しかし、缶詰は缶切りが無いので開けられないというオチ……
 結局日本まで持ち帰り、購入から2週間後に中身が燻製のイワシと分かったのでした(そこそこ旨かった)。


posted by 西方快車 at 22:46| Comment(1) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
突然のコメント失礼致します。
失礼ながら、相互リンクしていただきたくて、コメントさせていただきました。
http://sirube-note.com/russian/

もしよろしければ、こちらのページから相互リンク登録していただけましたら幸いです。
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今後ともよろしくお願い致します。
RZ8RUpG7
Posted by sirube at 2009年07月26日 01:17
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