2010年02月25日

【米:第4日目の4 2009/0927】エンパイア・ビルダー篇1:海沿いから一気に山の中へ。カスケード越えの電化区間の痕跡求めて。

 「シアトルは日本郵船を母に、グレートノーザン鉄道を父に育った街」という言葉の出典がちょっと分かりません。
 ただ、或る時代……ジェット機時代になるまでは氷川丸のような太平洋航路の船からGNに乗り継いでシカゴ・NY・DCを目指すルートが一般的だったのでしょう。大陸横断列車の中では一番日本人には身近であった路線という話も聞いたことがあります。
 そのGNの代表的列車が「エンパイア・ビルダー」。1929年に運行開始、1947年に流線型客車に置き換えて以後編成にドームカーを徐々に加えて(最大4両も!)1960年代に最盛期を迎えた由。とはいえ他のアメリカの諸鉄道同様に質的な意味での最盛期であり、量的な意味では既に衰退期だったのですが。

 手許にある「写真で楽しむ世界の鉄道 アメリカ2」(1962 交友社)では大陸横断列車の数々を紹介していますが、そのトップに載っていたのも「エンパイア・ビルダー」。
 そのおかげで、ちょっとした憧れを抱いていました。
 そして、今も列車番号を変えず(7/8レ)毎日の運行が続いていると知り、大陸横断の片道はこれにしようと決めたのでした。


 シアトル発車。最後尾の窓より。
 スーパーライナー登場以前は長距離列車の最後尾は展望車……すなわち寝台車の乗客専用のラウンジとして使われるものでした。列車の最後部からの「展望」が座席車の客にも開放されたのは喜ぶべきことなのですけど、展望車という伝統を捨てたのは勿体無いことだとも思い、複雑な気分です。

 左手にはまた臨時の通勤列車「サウンダ−」が並んでいます。上の歩道橋を見ると人で一杯ですから、臨時列車はフットボールスタジアムの客を乗せるものなのかもしれません。「観戦には公共交通機関をご利用ください」と。


 「サウンダ−」のホーム(左)とアムトラックのホーム(右)は完全に分断されています。
 ロスアンゼルスからの「コースト・スターライト」の最前部が突っ込んでいたトンネル・陸橋に向かって「エンパイア・ビルダー」は進んで行きます。


 陸橋を抜け、時計塔を見上げて。


 ここからシアトル市内と裏山?をトンネルで一気に抜けてしまいます。
 トンネルは坑口の一部をダブルスタックカー用に切り欠いた形になっているのが分かるでしょうか?


 さほど長くないトンネルを抜けると、ピェジェット湾沿いに出ます。ここから暫く海沿いが続く、エンパイア・ビルダーの見所は最初から容赦がありません。


 目を「陸」に向けると機関庫が。バーリントンノーザン(BN)鉄道カラーの機関車。ロゴは今のBNSFに書き換えられていますが。奥に見える機関車は未だBNロゴが残っています。


 こちらはグレートノーザン鉄道カラーの機関車。BNにGNが統合される前のいわば二代も前の伝統的カラーリングですが、割とよく見かけました。意図的に残している可能性が高そうです。
 かつては「エンパイア・ビルダー」もこのカラーリング、そして湘南色のルーツとしても知られています。

wikipedia 国鉄80系電車
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%8480%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A
この塗色は、「静岡県地方特産のミカンとお茶にちなんだもの」と俗に言われ、国鉄も後にはその様にPRしている。しかし実際には、とある海外の鉄道雑誌に掲載されていたアメリカのグレート・ノーザン鉄道の大陸横断列車「エンパイア・ビルダー」用車両の塗装にヒントを得て、警戒色も兼ねてこれに近い色合いを採用した(後略)


 ちなみに、アメリカのファンにこのカラーリングは「かぼちゃ色」とか云われてるとか。
 日本でも数年前、東京近郊での113・115系末期に「かぼちゃ電車」とか云われてたことを思い出します。好む色とか、或いは連想するものに案外差異はないものなのかも?


 これは流石に動態保存機でしょうね。ミルウォーキー鉄道カラーの流線型ディーゼル機関車。


 事故機。機関車全体が頑丈なので、キャブに破損が集中しているように感じられるのですが……。


 入換用の小型機。1950年代の古いタイプの筈なのに、入換機は案外古いものも現役の模様。自分はみませんでしたが、どこぞのアムトラックの基地では今のジェネシスと同じスキームVカラーリングのGE製凸型スイッチャー……日本でいうところのDD12みたいなのが現役とも聞いてます。
 手前の「STOP」の札は留置用。


 扇形庫とターンテーブル。全てが片運転台である!アメリカのディーゼル機関車に後者は必須……のはずですが意外と見かけませんでした。デルタ線やループ線で方向転換する場合が多いからだと思います。


 機関庫にはこの規模の燃料タンクも必要になります。大量の燃料喰うディーゼル機関車がたくさん居るわけですから。


 海側に目を向けると、運河と閘門が!
 とっさの撮影につきピントも露出も最悪なのはお許しを。でも、良い景色です。


 暫くこんな景色が続きます。「コースト・スターライト」とは違った意味での海と線路の近さが印象的。
 ここらで「撮り鉄」するのも楽しそうですよね。エンパイア・ビルダーの他に中距離のカスケード・通勤列車サウンダーも来るはずですから意外と撮るものは多そう。


 陸側。落ち着いた別荘地?


 海沿いの貨物側線。貨車がすぐに錆びそう……。


 長閑な景色が終わり、今度は港湾施設が見えてきます。


 巨大な巨大な半球形のサイロ。どんな構造なのやら……。
 手前には穀物用カバードホッパー車。日本からは絶滅して久しい車種ですが、農業国アメリカでは当たり前の車種の一つ。大小に角形丸型のバリエーションも豊富です。


 古き良き時代を今に伝える壁面広告。褪色加減からいって今も手入れはしているのでしょうが。


 エヴァレット駅。2002年に新築されたもの。
 サウンダーの終点でもありますから、ピェジェット湾沿いの「乗り鉄」楽しむだけならエンパイア・ビルダー乗らずとも、通勤列車でも良いとも……。シアトル近郊観光としてお勧め?

 この駅からも結構乗ってきます。とはいえ、座席車で相席にならない程度の混み具合ですが。


 エヴァレットからは内陸部へ。一気にカスケード山脈越えに掛かります。


 「山の景色」に変わっていきます。緑と水の土地ですから、日本人にも馴染みやすい優しい景色。


 ここらでおやつ。ブリトーとプリングルス。




 かつての電化区間はこの辺りでいいのでしょうか……。
 GNはエヴァレットとスポーケン間、カスケードトンネルとその周辺の113kmに電化区間(交流11000V 25Hz)を1956年まで有していました。電機/ディーゼル機の切り替えはスカイコミッシュ駅とWENATCHEE駅で行われていた由……。
(電化の廃止はトンネルに排煙設備設置したため)

 今のエンパイア・ビルダーからその痕跡を探すのは困難でした。スカイコミッシュはアムトラックの駅としては残っているのですが、今はバスのみの駅です。


「百年の鉄道旅行」より
 カスケードトンネル周辺の切り替えについて詳しいです。大昔の写真もあり。

グレートノーザン鉄道「スカイコミッシュの変電所」
 該当施設はみつけられませんでした。


 どんな機関車が走っていたかは以下参照願います。北米の鉄道写真サイト「NorthEastRails」より、電機の写真。
http://www.northeast.railfan.net/electric1.html
 お隣のミルウォーキー鉄道の電機も同じページでちょっと紛らわしいのですが、「GN」「Great Northern」で或る程度絞り込めると思います。Y-1は車軸配置「1C+C1」のデッキ付き箱型電機(1両は事故復旧で流線型化)、W-1は「B-D+D-B」で動軸数12という流線型電機でした。色はディーゼル機関車や客車と同じ「湘南色」。ああ、この種の電機が「エンパイア・ビルダー」を牽引しているところを想像すると溜息が漏れます。
 そして2010年現在も電化が維持されていたら……? 妄想は果てしなく膨らむというものです!



 日が沈んで行く。写真撮れるのもこの辺が限界。


 夕食のサンドイッチ。意外と具沢山。


 かつての電化起点のWENATCHEE駅。
 ここでもその痕跡を探すのは無理でした。
 

 最前部へ。
 アムトラック長距離列車の旅で物足りないのは、機関車が全区間通し運用であり、ロシアや中国のような「機関車交換」というお楽しみがないことかもしれません。


 留置されていた除雪車。いわゆる広幅式(ジョルダン)。色はBNグリーンです。
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posted by 西方快車 at 19:49| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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