2010年01月19日

【第13日目の1 20090607】北京篇9(遂に帰国。北京首都空港内の電車など)

 テレビの話の続き。
 テレビは携帯電話の情報番組というのに驚き……中国人は少し前の日本並のケータイ中毒なんでしょうか。まぁ3Gがやっとこさ始まったところなんで状況としては近いのかもしれません。
 
 翌朝は7時半の便なんで5時半起き。この時間の飛行機って誰も嬉しくないですよね(笑)。客も乗務員も半端に早起き要求されるわ、飛行機飛ばしてるJALだって人気ないからこの便の席は安売りしなけりゃいけないしで。

 首都空港まではタクシーで100元ちょうど。運転手にメーター使わせるの忘れてましたが、これって相場通りでいいのかしらん。まぁ荷物運んでくれたり親切な運転手さんだったのでチップと思えば納得できますけど。
 
 JALのカウンターはあっさりみつかり、手続きすんなり。
 北京首都空港は電車で移動する広い空港。結構な乗車距離があります。

 いきなりシーサスクロッシング。


 アップダウンあり。対向電車とすれ違う。


 拡張余地か? 途中駅らしい空間を通過。


 終着。ここにもシーサスクロッシングあり。ただ、他に分岐はありませんでしたし、留置車などは無かったので、意外と単純なシステムで運行しているのかもしれません。


 さっさとODA耳揃えて返せ(笑)、といいたくなる立派な設備。
 成田がしょぼく見えます。大きなもの大げさなもの派手なものが好きな中国って国が経済力手に入れたら、何を造るかの見本がこの首都空港のような気が……あ、一応褒めてますよ皮肉抜きで。
 やっぱり空港は快適で便利であるのに越したことはないですから。人民幣使い切りに有り難い免税店や売店も完備。
 北京でも日本人と会うことは殆んどありませんでしたが、流石に空港での帰国便だと日本人多数。ビジネスマンかツアー客ばかりなので、日本語は通じてもその先が通じないような気がするのは残念ですけど……。


 香水瓶のような管制塔。インパクト充分……。

 搭乗、767はほぼ満席。行きは運良く空いてた隣席も客あり。
 飯食って呑んで(朝から酒くれるJALはいい会社♪)、割とあっという間。

 おかゆは塩味とダシ利いてて旨かった。

 成田には昼には着いたような。北京より少し暑いのに凹みつつ、スカイライナーの指定券と弁当と酒(またかい!)買い込み帰宅へ。
 行きにはどうでもよくみえた、千葉の水田や緑がとてつもなく碧く美しく。そして、都心に近づくと街並みが延々とつづいているのに改めて圧倒されます。
 地元の私鉄電車にも新鮮な驚きを禁じ得ません。国電と地下鉄の他に私鉄電車が支線網も含めて発達してるって、世界のどんな都市にもないってことを今更ながら。
 
........

 ご拝読有難うございました!!
 2週間足らずの旅行を、半年余かけて延々と記してしまいました。しかし、それほどに刺激多く楽しい旅であったのは事実です。冗長な記述や写真も多々あったと思うのですが、書きたいことは省略しないこと、あとは自分の備忘録と写真整理も兼ねていることでご容赦くださいまし。

 中国・ロシアという大国を観てきたわけですが、中国の若さとロシアの熟された感じが印象的ではありました。
 中国は古いようで新しい、とても新しい国(まぁ建国61年ですし、公式には)。ロシアは革命とか崩壊とか経て、良い意味で昔に戻った印象が濃厚でした。もちろん、ロシアも経済発展中のところで中国同様21世紀の経済大国たる勢いも感じた次第です。まぁ旅行者の目などあてにはなりませんけど……よいところだけ見ようとしてきたんですから。
 旅行者の目というと、どちらの国も旅行者……日本人の旅行者には優しい国です。ただ、どちらの国も邑楽かさはあります(大らかさ、をこんな変換してしまいました、まぁ間違いではありますまい)。日本やアメリカのようにきっちり行かないことはあるかもしれません、そこを余裕として楽しむ必要はありましょう、開放感はお互い様ってことで。

 さて……。
 アメリカ篇が控えてますね(笑)。お楽しみに。
posted by 西方快車 at 20:33| Comment(4) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月18日

【第12日目の3 20090606】北京篇8(四合院、二軒目)

 鉄道博物館の帰りは少し歩いてバス探そうかと思ってましたが、幸いにも他の客を運んできたタクシーが待機していたので、最寄の地鉄駅まで移動。
 あとは北京站前で買い物捜し物。
 夕方には宿近くに戻り、遅い昼飯。


 何処で食べようか迷ったら、何も考えずに「一番近いとこ」を選ぶのが正解の様な気がします。


 鴨串焼。安かったのに美味しかった。


 炒飯も美味しかった。量は物凄いです(笑)。中国の白米は激マズ、炒飯は正解。

 ちなみに韓国とか台湾とか中国とか東アジアの国の良いところは、「そこらの普通の、普通の人が出入りしてる店で普通の人と同じもの食ってハズレはない」ことだと思う由。
(色気出して高い店行くとハズレ引いたりします)


 宿に戻る胡同。何度通っても良い道。


 小型車は胡同にも似合う。上手く自動車社会と折り合いつけて欲しいものです。


 これが「北京柏斯特客桟」の門構え。
 悪い宿ではないんですけど、ちょっと地味な印象です。そして、今は畳んでしまった模様……。6月の平日という状況ではありましたが、自分以外に客はいませんでしたし。

 荷物を取り何とか歩き、表通りに出てタクシー拾い二つ目の四合院宿へ。


 北京中堂客桟。
 ここはやや高級より?なところで、日本でも楽天で予約ができます。
http://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/56387/56387.html
 ……高級寄りとは云いましたが、やっぱり北京は安いですね。個人的には近代的な大型ホテルは好きではないので、大抵の場合は小さくて古いけど、趣きのある宿にあたる事が多いような気がします。


 宿の前の胡同。こちらはあんまり趣はないですね。
 タクシーが入ると道がいっぱいいっぱい。

 で、宿に入ると門構えに対して中は広い広い! 中庭が2つもあります。

 一つ目の中庭。
 木が屋根を貫いているのは、何か風水的に利があるのでしょうか?


 二つ目の中庭。

 そして、部屋。



 立派すぎる部屋に驚きました。
 なんというか、男がひとりで泊まる部屋じゃないですね……天蓋付きの寝台は気合入りすぎ。
 床は本格的に?石材ですから冬は寒そうですけど(笑)。でも夏はひんやり気持ちいい。
 あと、水回りはシャワーのみバスタブなし。四合院宿はその辺の割り切りは必要なようです。

 でも、この宿はお勧めです。普通の北京観光には便利だと思いますよ。


 宿を出て食料などの買出し。
 近くの大通り。手前の低層と、奥の高層の対比が今の北京、という感じ。でも、全体に小奇麗な街だとは思います。


 高そうな(笑)犬。連れているのはそんなに金持ちそうには見えないふつうのおっさんでしたけど(笑)。もちろん褒め倒しておきました。というか普通にかわいい……。


 四合院の普通の使い方(笑)。古いものを小奇麗に整え、日常に使ってしまうのは北京と云うか、中国の健全な一面だと思うのです。


 夜はこうしてカンヌキを掛ける。
 明日の朝は帰国便が早いので、朝食は諦め、そして宿の小姐にタクシー頼んでおきます。

 白酒呑みつつ(中国の白酒は安いのに旨いのが不思議。台湾のは激マズだったのに。あと日本だと売ってないか高い!)、天蓋付き寝台からテレビ観てまったりと。時代劇(勿論中国の)でもやってれば雰囲気にぴったりなんですが、何故かどこのチャンネルもやってない……。
posted by 西方快車 at 23:59| Comment(0) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月16日

【第12日目の2 20090606】北京篇7(続:中国鉄道博物館。西側から中国に嫁いだ機関車の話)

 それにしても大規模な博物館です。
 ただ、大規模であるぶん大味なのも困ったものですが。
 この辺、日本の類似施設の詳細さと比べちゃいけません。展示物が埃まみれなのもどうかと思いますし、解説や警備の人員が不足しているのも気がかり。まぁ貴重な車両が雨ざらしで荒廃する危機から救われたことは評価しなけりゃいけませんけど。

 サンクトペテルブルグでも思ったのですが、車両展示中心は本物志向のファンには嬉しいものの、展示としてはちょっと古風な感じが。
 理想は梅小路やイリノイ鉄道博物館のように実働車両のデモストレーションなんですよね。環状試験線使っての蒸機のデモ走行とかあれば物凄い人気施設になりそうな気もしますがどんなものでしょうかね? 運賃は欲出して1周100元位取っても金持ちや外国人は喜んで払うでしょうし(笑)。


 専運車編成についていた謎の車。窓なしドア1つのみ。端面に碍子が見えるので電気関係(電源車?)だとは予想出来るのですが。


 珍品21系客車。折妻の端面が印象的。日本でいうとこの42系客車ってところでしょうか(二次大戦後の過渡期の客車)。対する22系は43系といいたいところですが、43系というには長く活躍しすぎちゃってますね(笑)。


 専運車編成の中の1両。よくある22系ベースの車で、3軸ボギーシュリーレン系台車というのも中国の専運車では珍しくないもの(……専運車多すぎで、微妙に感覚麻痺してます。シュリーレン系の近代型台車で3軸ボギーなんてゲテモノ台車、文革時代の中国以外じゃ有り得ない設計ですよ!)。
 で、この車は丸みの強い窓わまりが珍奇な印象です。何らかの試作を専運車という特殊さゆえに行ったのでしょうか。


 初期の22系硬臥車車内。元設計ではロシアの三等寝台同様に通路側にも寝台があったため、通路がやたら広いのが印象的です。

 通路側の小テーブルと向かい合わせに使える小イスは此処に寝台があった名残なのかもしれません。


 如何にも試作機、といった風のD形電機。SS5(韶山5)
 http://zh.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B6%E5%B1%B15%E5%9E%8B%E7%94%B5%E5%8A%9B%E6%9C%BA%E8%BD%A6
 SS8という量産機につながっていますので、失敗作ではありません。


 有名すぎるDF1(東風1)は今更なので、敢えて後ろ姿を。このアングルから見るとソヴィエトTE3の流れを汲んでいることが分かります。

 おまけ。
http://www.simcity.cn/thread-68659-1-1.html
 東風1の原型、巨龍形の写真が見つかりました。TE3を二つ窓にした過渡的な顔です。
http://baike.baidu.com/image/4e0b3ea4982b41e49052ee39
 前面3ツ窓に改造された末期の姿? 量産されたDF1に近い形状ですがよく見ると違う。

 東風1というと、湘南顔でDD50風のも居たはず。
http://www.railcn.net/engine/photo-4/15.html
 最近発表された以下の写真には1963年の「飛龍(東方紅)」形と記されています。飛龍(東方紅2)は液体式ディーゼル機関車ですから、改名など行われたのでしょうか?
http://www.picturechina.com.cn/bbs/thread-17946-1-1.html
 側面のスカートが強烈な印象。

 以下は推測ですので、真に受けませんように……。

 巨龍形として試作→二枚窓湘南顔の初期形を製造(先行試作?)→3枚窓流線型のDF1量産→元巨龍形を量産機にあわせて前面窓改造/初期形はスカート撤去。
 ???


 ルーマニア製のND3。一見典型的なアメリカンスタイル。されど、繊細な感じのする台車など台枠以下は東欧の香り。無骨な足回りを少しでも覆おうとするスカート?も欧州的な上品さ。この台枠に箱型の車体乗せたら、東欧の機関車以外にはみえないでしょう。
 なにより全体にスマートで線が細い印象(コルゲートも印象を軽やかにしている)、アメロコのマッチョイズムとは似て非なる機関車かもしれません。
 

 西ドイツ製のNY5。スマートな長身・モデル体型の小顔美人。ゲルマン美女なら人民服だって似合ってしまうんですね。



 余談ですが、改革開放前の中国の西側製機関車について。
・NY5・6・7液体式ディーゼル機関車 1967/72 西ドイツ
 2008年地点では現役機も居たとか。古い輸入機の割に活躍できたのはかなりデキが良かったから?
 西ドイツの液体式DLは簡単に扱える代物ではない筈で、日本のDD54の失敗はいうに及ばず、アメリカにソ連も使いこなしていません。そんな難物が、国産の電気式に伍して活躍出来たのは凄いことと思うのです。

・ND4電気式ディーゼル機関車 1973-74 フランス
 素晴らしきスタイリスト。それにしても1973年の中国であの色と形ではさぞかし目立ったことでしょう。パリのトップモードが人民服ばかりの昔の北京に舞い降りたようなもんですから。
 放置状態の1両は今はどうしているのやら。保存してほしいものですが。

・6Y2交流電気機関車 1961 フランス
http://zh.wikipedia.org/zh-cn/6Y2%E5%9E%8B%E7%94%B5%E5%8A%9B%E6%9C%BA%E8%BD%A6
 時代が時代だけに俄には存在を信じがたいオーパーツ的存在……とか思って「6Y2 電力機車(電と機、車は簡略体)」で検索かけたら、イラストに写真まで出てきました(驚)。同じフランス製のソ連F(Ф)形を思わせるスタイルですが、バッファーがないためか、日本のED46辺りの印象もあります。
http://bbs.hasea.com/thread-418101-1-1.html
http://zldy.tede.cn/2009/09/1253516104154283.html
 少数の試作車かと思いきや、25両も輸入され、1990年代初頭まで使われたという話も。
http://www.hobbyshanghai.com.cn/viewthread.php?tid=12401&extra=page%3D1
 そんな時期まで残ってるならファンに記録されていそうなものですが、ND4も意外と記録されていないので、人知れず……の可能性も否定しきれません。中国に関しては未開放地帯の問題もありますが、西側の趣味者が蒸機撮影偏重だったのも今になってはなんともかんとも。
 なお、両数に関しては、フランスのメーカーは或る程度まとまった両数じゃないと売ってくれないのも事実です(日本の交流電化初期に試作機輸入断念した経緯とか)。25両というのは信憑性高いでしょう。

 ちなみに中国初の本線用電機6Y1(7両製造)はソ連系でした。
http://zh.wikipedia.org/zh-cn/%E9%9F%B6%E5%B1%B11%E5%9E%8B%E7%94%B5%E5%8A%9B%E6%9C%BA%E8%BD%A6
 6Y1と6Y2のいいとこ取りで中国国産のSS1が生まれたようです。
 6Y1とソ連のVL60はそっくりなのに、SS1となるとかなり印象が異なります。ただ、足回り以下をよく見るとSS1とVL60はかなり共通しています、やっぱり姉妹。あと、SS1の前面は6Y2に似てますね。

・6G交流電気機関車 1973 フランス
http://www.hudong.com/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E9%93%81%E8%B7%AF6G%E5%9E%8B%E7%94%B5%E5%8A%9B%E6%9C%BA%E8%BD%A6
 40両が輸入されたとか。日本のファンには殆んど知られていない形式でしょう。西安に居たと云いますが、活躍したのは未開放地域だったのでしょうか?
 派手なND4と違って前面や塗色の印象はおとなしい感じ。お馴染みSS1の変種にも見えます。
 側面の印象は後の8G、或いは同時期のフランス製の韓国国鉄8000形を思わせます。

 西側製ではありませんが、ルーマニア製の6G1というのも居たそうです。1971年、2両のみの試作車。画像がまったく見つかりません……。ルーマニア国鉄の40形に類似しているとのこと。以下参考。
http://www.railfaneurope.net/pix/ro/electric/40/white-blue/pix.html
 西側的な雰囲気の素敵な機関車です。中国仕様はどんな姿だったのでしょう?



 大物車。5-5+5-5式。カーブに弱そうな作りですが、そのためか最小通過半径が記載されていました。


 前後部分は、台枠と台車枠?が一体になった合理的な作りです。


 荷重は最大230トン。中心から3m内に収まる場合は200トンに制限、以下4.5m、6mと制限が緩くなっていきます。通過最小曲線半径は180m。
 それにしてもステンシルの明朝体が素晴らしい。最近は減りつつありますが、中国の鉄道書体はこれじゃなきゃ!


 検査表記もステンシル。


 少し小柄な大物車。5+5ですからやはり曲線には弱そう。最小通過半径180mの表記あり。
 

 検重車。日本の国鉄・JRで使われたケ1/ケ10(車内に分銅を置き、検重時は取り卸す)とは違い、車体全部が分銅となるタイプ。三井三池炭鉱にも同種の車両が居たような。


 緩急石炭車。日本で云うならセサフとかヲキフ。


 オレンジ色が強烈な冷蔵車。深い屋根は東欧やソ連の冷蔵車に共通します。


 セメントホッパ車? 欧州流儀の縦型タンクが印象的。エアスライド?の配管がぶっといのも鮮烈。


 ベイウィンドウカブース。1980年頃の写真で現役だったのをみたことがあります。
 今の中国では緩急車省略ですから、いつ頃まで使われていたのでしょうか?


 模型展示は多くありませんでした。
(実物が存在しない?6Y1や6Y2、東風動車組あたりは模型で何とかして欲しいのですが……)
 とくに印象に残った高圧ガス用の特殊タンク車。前後に客車状の車体がある辺り、只者ではありません。実物を拝んでみたいものです。


 ナローの機関車。詳細は分かりませんが、5軸でアウトサイドフレームと云うのはインパクトのある姿です。走っている姿はさぞかしメカニカルに萌々……。


 メーター軌?の客車。南国仕様の不思議な車です。


 やっぱり9600はカッコいいですね。名機です。

 この他、著名な本線蒸機に、大量の専運車などが保存されています。
 ゆっくり観るとかなり時間が掛かると思います。但し、わかりやすい展示ではありませんので(解説のない車両も多い)、事前に或る程度「予習」してからの見学をおすすめします。
(ですから、普通の観光というより鉄道研究者向けです)

 広大な博物館ではありますが、中国全体ではまだまだ保存の手を伸ばさねばならない希少車はたくさん残っています。先の初期型DF1とか、フレンチロコND4、北方に眠るあじあ展望車、撫順の旧満鉄ジテ……そして多くは失敗に散った近年の国産動車組群と。
 今後の拡充に期待したいものです。そして解説や魅せる部分の展示などの「敷居下げ」もお願いしたいものです。

<おまけ>自分用メモ
http://zh.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E7%94%B5%E5%8A%9B%E6%9C%BA%E8%BD%A6%E5%88%97%E8%A1%A8
中国電力机車列表
http://zh.wikipedia.org/zh-cn/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E6%9F%B4%E6%B2%B9%E6%9C%BA%E8%BD%A6%E5%88%97%E8%A1%A8
中国柴油机車列表
http://zh.wikipedia.org/zh-cn/%E4%B8%AD%E5%9C%8B%E5%8B%95%E8%BB%8A%E7%B5%84%E5%88%97%E8%A1%A8
中国動車組列表
ラベル:鉄道博物館 中国
posted by 西方快車 at 19:17| Comment(1) | 2009年北京→モスクワ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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