2010年03月03日

【米:第5日目の3 2009/0928】エンパイア・ビルダー篇4:乾いた土地。貨車飢えを満たす「オアシス」。

 ロッキー山脈を下ると、あとは平原が続きます。
 

 これはこれで悪くない景色なのでしょうが、先までが凄すぎたので平原の連続が退屈に見えるのは事実です。せめて鉄道に関する何らかの設備・施設(貨物駅とか操車場とか)でもあれば楽しめるのですが、アメリカの平原はシベリアの平原ほど優しくありません(苦笑)。シベリア鉄道と違って輸送密度が高くないので、貨物関連の設備も疎らに、そして規模も控えめな印象でした。


 牛。
 向こうは何もない。


 小さな、されど旅客扱いのある駅(Shelby駅)。
 文字通りオアシスです。

 云うまでもありませんが、ここらの駅は「1日1往復」しか列車はないのです。その唯一の列車が「エンパイア・ビルダー」。寝台車に食堂車に展望車を連ねた豪華列車が「ローカル列車」も兼ねるのもアメリカの鉄道文化の一面。


 ますます景色は乾いていく。


 貨物関連施設もまたオアシスです。
 巨大なサイロと積み込み口。線路は埋まっているのか撤去されたのか……。


 長大な貨物列車とのすれ違い。
 ダブルスタックカーの長編成はあたかも城壁のよう。




 乾いた景色が続くからこそ、たまの水辺が美しい。


 乾いた景色眺めて乗車二日目の午前中が過ぎ、13時過ぎにHavre駅へ。
 分岐もある大きな駅で、ここらでは要衝駅といえるところ。20分停車。




 駅前で見たミニトレーラー。
 食堂車やラウンジ車への納品を行っている地元業者のものでしょうか? 鉄道客車、たぶんスーパーライナーを意識したロゴマークがとてもユニーク。


 保存蒸機。2D2の巨大機ですが、動輪の大きさから旅客用?
 ロッドまわりはローラーベアリング化されている模様で、蒸機末期まで頑張った一両なのでしょう。


 ここでは「貨車飢え」が思いっきり解消出来ました。
 アメリカの貨物列車といえばこれ!のダブルスタックカー。積載は最大限に効率的に。
 BNSFの表記とかつてのサンタフェ鉄道のマークが共存しています。貨車に関してはマーキングの統一はさほど急いで居ないのかも知れません。
(まぁ、日本でも平成に入ってもJNRと書いたコンテナはたまに見かけましたし)


 車列。列車というより「壁」ですね。


 客車も貨物も二階建て。
 ところで、車端部のホースの処理が大胆といえば大胆ですよね。長く伸ばして貫通扉部へと。


 駅前の側線に留置?されていた貨車群。この駅での発着車でしょうか?
 ピキーバッグ輸送の連接貨車は3両1ユニット。構造的に積み下ろしは斜路ではなくクレーンを使う模様。タイヤが載る部分にしか床が無く、他は中梁のみのスケルトンという大胆さ。


 ピキーバッグ輸送を表現したロゴマークがとても楽しい。


 カヴァードホッパ車。角形。
 同じ用途の車に丸いとの四角いのが共存しているのは、日本のセメント専用車やアルミナ専用車のことを考えると違和感はありません?


 乗り降りする人。ひと休みする人。
 この大きな駅でも1日1本の列車ですから、この光景も一日2回ということ。


 ここでも荷車とトラクターが活躍。
 気合の入った「手荷物」ですが、手荷物の制限が緩いのも鉄道のメリットなのかもしれません。


 アムトラックの荷物車のほぼ全ては1971年のアムトラック成立以前のヘリテージフリート。これもそれなりに歴史のありそうな車です。ドアはシャッター式。
 余談ですが、アメリカでは側面総開きの有蓋車・荷物車というのは試作程度しか存在しませんでした。人件費の高い合理化の国であるはずなのに(日本のような)フォーク荷役、車輪付きパレット荷役が普及しなかった理由は気になるところです。


 駅の由来を記した看板。汽車の絵とグレート・ノーザン鉄道のマークのステンドグラス。
posted by 西方快車 at 21:04| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月02日

【米:第5日目の2 2009/0928】エンパイア・ビルダー篇3:朝食は「国立公園のレストラン」で。アメリカの保線機材に思う。


 この辺りはロッキー山脈。蛇行した川に沿って進む。
 
 8レ「エンパイア・ビルダー」で結構なことは、一日目の夕食をカスケード山脈越え、二日目の朝食をロッキー山脈越えと重なっていることでしょうか。その辺意識してのダイヤ設定ということはないと思うのですけど。 ちなみに表題はこの朝食時、あと「カリフォルニア・ゼファー」での食事時に同席者との話題の切り出しに使った決まり文句だったりします。
 「まるで、国立公園の中の、展望の良いホテルのレストランで食事しているようですね」と。

 もう一つのお決まりの話題は、
 「(自動車社会のアメリカなのに)思ったより多くの人が公共交通機関を利用している。驚いた!」です。


 かなり水面に近いところも走ります。


 食堂車は特に予約は取りに来なかったので、直接行って空席の有無を問う感じ。
 窓辺の花というのはアメリカとロシアの食堂車に共通すること。昔の日本もそうでした。
(中国からそんな優雅な習慣は消え、欧州だとテーブルランプのことが多い)




 朝食は9ドルのオムレツ。中身はチーズとかベジタブルとか選べます。
「エンパイア・ビルダー」はアムトラックの食堂車では唯一、陶製の食器とカップを使っているとのこと。但し朝食・昼食ではテーブルクロスが紙製使い捨てなのですが(ビニール製テーブルクロスをお勧めしたい!)。

 パンはクロワッサンよりビスケットの方が良かったかも。
 

 この辺りはグレーシャ国立公園のはず。




 グラシア・パーク駅。
 山中の小駅ですが、そこそこの昇降があります。観光客が多い、今の列車の性格を考えれば当然ですが。




 保線機材。
 アメリカでは全てが大げさ大掛かりになるのに、保線機材だけは日本と同じか、或いは日本より小ぶりな機材が多い印象でした。ロシアで(或いは新幹線沿線で)度々見たような大型保線機器は先ず目にしませんでした。この意味で、「鉄道後進国」を感じざるをえない……。

 前にも記しましたが、本線の線路自体もはっきり云って「貧弱」。殆どが単線非電化ですし軌道も重軌道とは言い難い。。
 勿論、貨物列車は一般のアメリカの鉄道のイメージ通りに長編成で巨大な貨車による大掛かりなものです。しかし、本数はさほど多くなく(1時間に1本もない)、また低速。ロシアや中国のように10分かそれ以下に1本の貨物列車が高速でやってくる国。あるいは4分おきに300km/hの高速電車の走る世界一の旅客鉄道大国(日本のこと)とは保線に対する取り組みも違ってくるのでしょうか。
(7ルートかそれ以上?もある大陸横断鉄道と、2ルートのシベリア鉄道の比較にも無理はある? でもアメリカとロシアの経済力比も考える必要はありましょう!)


 クラシックなラッセル車。サンタフェ鉄道のマークが残る。
 除雪車をディーゼル機関車の大規模アタッチメントとして1960年代から進化させまくった日本はこの世界でもガラパゴス?


 旅のお供、ドクターペッパーの2lペット。
posted by 西方快車 at 18:49| Comment(2) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

【米:第5日目の1 2009/0928】エンパイア・ビルダー篇2:スポーケンでの併合作業。編成について。ホワイトフィッシュ駅の「GN文化財」たち。

 「エンパイア・ビルダー」はシアトル〜シカゴの7/8列車と、途中スポーケンで分割・併合されるシカゴ〜ポートランドの27/28列車から成ります。
 これはアムトラック以降化後に乗客が減ったからそうなった……とかいうのではなく、少なくとも1940年代にはこの運行形態になっていた模様。

 シアトル発の8レだと、出発日の深夜0時半にスポーケン着。ここでポートランドからの28レを併合します。

 左がシアトルからの8レの最後尾。右がポートランドからの28レ。
 時刻表では、ポートランドからの28レが先着することになっていますので、28レは到着後に8レと同じホームに転線したと思われます。

 ここまでの8レ「エンパイア・ビルダー」の編成は以下の通り。
←シカゴ                     →シアトル
機関車−機関車−荷物−従業員寝台−寝台−寝台−食堂−座席−座席

 これの後ろに28レをそのまま繋げる由。
←シカゴ                     →ポートランド
機関車−ラウンジ−座席−座席(1階荷物)−寝台

 ここからの併合作業手順です。
・8レを全車、シカゴ方面に引き上げ。
・28レから機関車を切り離してシカゴ方面に引き上げ。28レはホームで待機。
・8レを再びホームに戻し、機関車の無くなった28レに繋ぐ。



 28レの機関車切り離し。
 

 28レ。機関車のない状態での待機。


 28レの座席荷物合造車からの手荷物扱い。
 4両の分割編成であっても手荷物車が存在するのがアメリカの流儀。


 8レがホームに戻ってきて、28レと連結されます。

 スポーケンでの作業時間は45分と多めにとられています。遅れのマージンも込みなのだと思うのですが。
 スポーケン発は1:15。流石に直ぐ寝てしまいました。座席車3泊目です。

 さて、アムトラックの長距離列車では幾つかの編成上の「お約束」があるようです。
・分割併合のない列車では、「荷物−従業員車−寝台−食堂−ラウンジ−座席」と組成する。
・編成の向きは必ず三角線などで変える。荷物車は必ず機関車の次位。座席車は最後部。
・寝台車と座席車の間には食堂・ラウンジ車を挟む。
・食堂車とラウンジ車は隣合わせに繋ぐ。


 更に、分結併合があると以下が加わります。
・片方に食堂車、片方にラウンジ車が来るように分割する。
・どちらの編成にも荷物車(荷物合造車)は含めるようにする。


 「エンパイア・ビルダー」ではシアトル編成に食堂車、ポートランド編成にラウンジ車で分割後に「エサなし」にならないように配慮している由です。この種の運用を行う場合、食堂車の一部は「売店」として使われますし、また食事が料金に込みの寝台車客には弁当が配布されるとのこと。

 余談ですが、1960年代の「エンパイア・ビルダー」ではシアトル編成(7/8)に最後尾展望車があったため、分割併合は以下の手順を要していたと思われます。
・シアトルからの8レを半ば(座席と寝台の間)で分割
・ポートランドからの28レをその間に挿入
 

 深夜にも停車があるのですが気がつかず。目がさめたのはホワイトフィッシュ駅の手前でした。
 駅舎の見事さに思わず下車。ここも20分強の長めの停車です。

 ついた地点ではまだ暗い。


 保存されていた入換用機関車。正調のGNカラーです。


 構内を見渡す。山の中なのに立派すぎる陸橋が自動車社会アメリカを感じさせます。
 

 最後部より。


 今度は一番前へ。長い編成ゆえ結構疲れました……。
 機関車はポートランドからのものが頭についてますね。
 余談ですが、こんなところまで来てる「同業者」は殆ど居ないのも印象的でした。


 朝日を浴び、山の姿をその身に写せば、あの醜いジェネシスだって美人に見えるもの……。

 この駅の「GN文化財」その1。GNのシンボル、シロイワヤギ(マウンテンゴート)の像。
 

 「GN文化財」その2。昔の客荷両用と思しきバス。バスにもGNカラーはよく似合ってます。


 「GN文化財」その3は言うまでもなくこの駅舎。1927年築とのことなので見た目ほど古く?はありません。でもこの地域のシンボルを作ろうとした心意気を感じるのです。
 

 手荷物扱い所の八角堂が珍しい。あと「荷車」が馬車時代からじゃないのか?というような古風・素朴な形状なのが印象的。自分が知る限りで、日本の荷物輸送末期はかなり近代化されまくっていたことを実感させれれるのです。

 発車することにはかなり日が登っていました。
posted by 西方快車 at 23:59| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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