2010年03月16日

【米:第6日目の4 2009/0929】エンパイア・ビルダー篇10:旧ミルォーキー鉄道、現カナディアン・パシフィック鉄道を行く。ミシシッピ川に沿って貨車ハントは続く……。


 勿論、鉄的密度の低い、普通の景色も続きます。自分的には「休憩時間」ですね。
 昨日のようなだだっ広い平原ではないので、安心感もあります。


 暫く、ミシシッピ川沿岸を走ります。
 川というか河のスケールが違います。日本の河は論外としても、ロシアよりもこの辺は雄大。
 あと、世界名作劇場の「トム・ソーヤの冒険」とか思い出す……(原作もあとで読まされたけど覚えてないわ)。あの時代って蒸気船はありましたけど、汽車は未だ広がってないころでしたっけ?


 離れ小島。


 ダム萌え。


 堰の前後であまり水位差はありません。


 アーチ橋。地震の少ない国のだと、物凄く華奢な造りになるのが印象的。
 日本だとこの種の橋はもっと骨太になりますよね。


 St paulを出て1時間で、Red Wing駅に到着。
 駅舎自体も由緒のあるものであり、周辺も古い町並みが整備されています。
(時刻表では「無人駅」なのですが、それが信じられない雰囲気)

 先にも触れたよう、この辺はかつてのミルウォーキー鉄道沿線。今でこそ1日1本のエンパイア・ビルダーのみが発着列車ですが、往年は2往復+1往復のハイアワッサ号(とその他普通列車?)が発着してたのでしょう。
 写真にもあるよう、ここで結構な数のお客さんが乗り込んできます。座席車はほぼ満席に! この旧ミルウォーキー鉄道沿線の需要が恒常的なものであるなら、シカゴ〜ミネアポリス(St Paul)間の中距離サービス充実……本当の意味での「ハイアワッサ」復活もありえるのかも?


 Red Wingの街並み。観光地かと思うほど、小奇麗に整備されています。


 優雅で長閑な船溜まり。


 また、巨大な堰が見える。


 手前の操作室系が古風なデザインでカッコいいですね。

 川べりを眺めつつ、先のRedWingから1時間ほどで、次の停車駅Winonaへ。


 駅構内に留置されているのもお馴染みカバードホッパー車。


 貨車の奥に、歴史ありそうな駅舎が隠れています。


 ホーム。或る程度は昇降客が居ます。


 小さな駅ながら、赤帽と手荷物扱いのサービスあり。


 1887年築という駅舎はホームとやや離れたところにあります。駅舎に面してるのは貨物側線。
 
 アメリカでは、思っていた以上に古い駅舎を大事に使っていますね。羨ましい文化です。


 駅を離れると小規模ながら操車場に出ます。
 手前のホッパー車は角形(リブサイド)と丸型(センターフロー)の中間的形状が独特。よく見ると台枠も必要最低限しかありません。かなり大胆な構造です。黄色系のカラーリングも強烈。


 円筒状のシリンドリカル・カバード・ホッパー車。円筒形状でタンク車との垣根が曖昧になりそうな車ですが、日本の粉末用タンク車とは全く違う形状になるのは興味深いことです。
 所有者は「Dominion Malting Limited」。


(他の駅で見かけた車ですが……)
 ミルウォーキー鉄道の路線を引き継ぐ、カナディアン・パシフィック鉄道のシンボルはビーバー。勤勉さの象徴は鉄道会社にぴったり。
 メイプルリーフのデザインは、並立するカナディアン・ナショナル鉄道(カナダ国鉄。CN)以上の「ナショナリズム(但し、健康的な意味での!)」を感じさせます。余談ですが、CNもアメリカ合衆国内に結構な延長の路線を持っています。
 ほんとにいいんでしょうか? こんな気合の入った「外国」企業・公社にインフラ任せるようなことしちゃって……(笑)。アメリカ合衆国内とカナダの関係は未だに理解出来ないものの一つ。


 遂にミシシッピ川を渡る。古い古い曰くのありそうな鉄橋です。


 鉄橋より眺める。


 渡りきったところに「粉もの」の積み込み基地がありました。
 カーブポイントを含む留置線はやはり模型的風情。


 一見してただの鋼製サイロにみえるのですが、何故タイヤが付いてるのでしょう? あとトラクタとの連結装置も頂部にみえるのは……?
 まさかと思うのですが、ホッパートレーラをそのまま立てて荷降ろしをしちゃうということでしょうか?
(でも、それにしてはクレーンや油圧装置が周囲に見当たりません)

 トレーラを転用したサイロなら、タイヤは要らないはず。ほんとに謎です。


 円筒状のシリンドリカル・カバード・ホッパー車を端面よりみる。補強リブがカッコいいです。
 この基地では粉モノ、といっても穀物ではなくセメント?を扱ってるような雰囲気です。アメリカの貨車は用途の明記が車体にないので、推測がしにくい……。


 LAFX……LaFargeのことで、これはセメント会社ですね(日本には麻生ラファージュなんて会社もあったりします)。
 セメントは穀物よりずっと比重が大きいですから、同じカバードホッパー車でも小柄になるようです。でも右の車は小さすぎ……左右で荷重は倍位違うのでは?


 ここは水陸の連携基地のようで、艀への積み替え設備もあります。


 如何にも「産業」な景色のなかに、ちょっと浮いた存在の遊覧船が係留中。


 LA CROSSEの町が見えてきました。小さな教会とか住宅とか長閑な雰囲気。






 構内から側線が分岐。そこに待機するディーゼル機関車。1両はSooLine塗装で、もう1両はカナディアン・パシフィック塗装。


 LA CROSSEの駅舎。煉瓦建てながら装飾が少なめでやや近代的印象。1926年築とのことですから、普通にはコンクリの時代ですね。煉瓦なのは意図的なものでしょうが、これはこれで雰囲気あって良い駅です。

 ここも荷物扱いのある有人駅です。


 すれ違ったCNのディーゼル機関車。運転台窓が「ベイウィンドウ」化されています。


 直角交差しそうな角度で分岐する専用線? 屯する機関車はBNSFのもの。
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posted by 西方快車 at 21:35| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月15日

【米:第6日目の3 2009/0929】エンパイア・ビルダー篇9:どんどん濃くなる鉄的濃度。操車場でのスナップ。

 思えば、ロスアンゼルスからシアトルの西海岸縦断、またシアトルからの山越えは「鉄的な濃度」は薄めでした。旅客列車が少ないのは分かっていたものの(というか都市近郊の通勤・中距離は予想以上の充実)、貨物関連が寂しい印象ありましたから。

 でも、ミネアポリス(セントポールと合わせてツインシティ)を越え、「鉄道首都」シカゴに手がとどく距離(といっても日帰りできるかどうか微妙な距離……)になると話は変わってきます。




 角形のカバードホッパー車。
 台枠の位置が高いのに注目。


 アメリカ名物、大型車運車。この角度だと二段積みか三段積みか分からないですね。
 台車が殆ど台枠にめり込んでいるような低床構造が凄い。


 今度は丸型のカバードホッパー車。側面のヘコミが凄いことになってますが、多分コレでも運用に入っているのでしょう……。
 前後の丸型ホッパー車も微妙に形状が違います。


 一見ボックスカー。
 よく見るとカバードホッパー車。さすがに純角形のタイプは希少種でした。
(GATX Airslideの表記あり。日本のエアスライドホッパ車の「親類」でしょうか)


 一斉に飛び立つ。
 

 また違うかたちのカバードホッパーです。ホッパの最上部が「角形」になっています。
 SOO LINEの大書きがカッコよく、麦穂のイラストも印象的。これで錆々じゃなければいいのに。

 左右は角形カバードホッパーですが、台枠高さが全く違います。


 操車場の片隅に機関庫。カナディアンパシフィック鉄道の機関車たち。


 ディーゼル機関車への給砂設備でしょうか?


 左が入替機、右が多分、本線用。


 「SOO」の大書きが目立つカブース。
 今も残っているカブースは、キューポラ部分が張り出したタイプが殆どのようです。


 そして操車場からは訳の分からない専用線などが出ているもの……。
 機関車と無蓋車(ゴンドラ・カー)の色がお揃い。

 背後の送電柱のΣ形のデザインが面白いです。強度考えたら合理的な形状。


 先の専用線。狭いながらもデルタ線を含み、実に模型的配線!


 反対側に広がっていたのは自動車取り降ろし側線。車がいっぱい。車運車もまた「壁」に見えます。
 それにしても自動車社会アメリカも、自動車そのものの輸送には鉄道に頼っているあたりは愉快です。
posted by 西方快車 at 20:36| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月14日

【米:第6日目の2 2009/0929】エンパイア・ビルダー篇8:もう少し「ハイアワッサ」とミルウォーキー鉄道のことなど。更にカナディアン・パシフィック鉄道のことまで。

 先にも記したよう、現「エンパイア・ビルダー 8レ」(AMTK#8)は、St Paulより「モーニング・ハイアワッサ 6レ」(CM#6)の経由地・そして時刻も辿って運行されています。

 AMTK#8のSt paul(ミネアポリス)発7:50発に対して、CM#6はミネアポリス・ユニオン7:30発。
 AMTK#8のシカゴ15:55着に対して、CM#6はシカゴ14:55着(今のほうが遅いですね……)。


 「モーニング・ハイアワッサ」の正確な時刻が分からないのですが、途中停車駅も概ねはなぞっているのではないでしょうか? 違うのはミネアポリスの駅。味気ない現St Paul駅は1971年にアムトラックが新設したものだそうで、昔は立派なミネアポリス・ユニオン駅に発着していたとか……。ひょっとするとグレートノーザン鉄道とミルウォーキー鉄道の代表列車同士が並んでいた時期もあるのかもしれません。

 さて。
 アメリカの鉄道は1971年に旅客輸送がアムトラックに統合されたのですが、残る貨物輸送もその後に合併などを繰り返し、模型や写真集で鉄道ファンにお馴染みだったかつての社名も多くは消えてしまいました。

 グレートノーザン鉄道は、ノーザンパシフィック鉄道を合併。その後にバーリントン鉄道と合併し、バーリントン・ノーザン鉄道に。更にサンタフェ鉄道(ATSF)と合併して今はバーリントン・ノーザン&サンタフェ鉄道になっています。但し、機関車のカラーリングはグレートノーザン時代のものが使われていますし、現社名に合併元のものが含まれているのも救いといえば救い。

 しかしミルウォーキー鉄道(正確にはシカゴ・ミルウォーキー・セントポール・アンド・パシフィック鉄道。略称CM)は1985年に倒産。スー・ライン鉄道に吸収されてしまいました。この地点でスー・ラインはカナディアンパシフィック鉄道(CP)の子会社になっており、その後に運営が統合された模様。会社は消えるは、隣国の企業に乗っ取られるわ……。ただ、このニュアンスは正確かどうか分かりませんが。アメリカ合衆国とカナダの関係って凄く分かりにくいんですよ(少なくとも鉄道という主要インフラ事業を売却出来るレベルで友好的だとは考えられるのですが)。
 なんであれ、「大家」のこの大激変の中で頑張った「店子」アムトラックはすごいのかもしれません(そんなことより共和党政権で補助金減らされることの方がオオゴトだったのでしょうけど。大家より生活補助の方が大事!)。

 ちなみに、乗車当時には前者はともかく(BNSFとかは日本でも知られてますから)、後者の事情は全然知らず……。ですから、「何でここにカナダの機関車が居るの?」と首を傾げることになるのでした(笑)。
 

 スーパーライナー客車の貫通路。向こうは寝台車(愛称付き:なんと「PENNSYLVANIA」。無関係の路線で使われているのはご愛嬌)。貫通路も自動ドア装備。

 StPaul出たタイミングで食堂車を覗き、丁度空席あったので朝食に。
 本日のスペシャル(8ドル)を頼んでみました。


 ビスケット(何度も出てきますが、日本でいうケンタのあれです)を半分に切り、そのうえにソーセージ(朝マックでマフィンに挟まってるアレです)を載せ、クリームソースを掛けたという恐ろしくボリュームのある朝食。美味しかったですよ。でも、昼飯はシカゴに着くまで我慢でいいや……と思える分量でしたが。
 勿論クランベリージュースとコーヒー付き。

 St Paulから先は、景色は市街地が多くなります。昨日の午後以降ずっと続いただだっ広い平原より退屈しませんし、日本人には安心感?があるってものです。

 「TWO MEN」のイラストが楽しいトラックの荷台。


 如何にもなアメリカの地方都市の風景。

 更に嬉しいのは、だんだん鉄道系の密度も濃くなってくること! 機関庫に操車場、留置車両に胸がときめきます(笑)。


 機関庫に留置されていた事業用?客車。典型的なスムースサイドタイプで1930-40年代の車の筈。


 「ミネソタ・コマーシャル」という鉄道の機関車。後ろに繋いでるのは?


 スラッグという珍車で、運転台なし・エンジンなし・モーター有りの機関車。隣の電気式ディーゼル機関車から電力を貰い、入換に必要な牽引力を確保するための補助機関車。これってディーゼル機関車なのか電気機関車なのか? 


 機関車がいっぱい。台枠の白いドット状の塗りは何のため? 警戒色??


 錆びた貨車と云うのも趣あっていいものです。侘び錆び、じゃなくて侘び寂びの世界。


 反対側に目を移すと、こちらは小奇麗な水辺が広がります。


 立派なコンクリートアーチ橋。デザインが実に重厚。


 その裏にはなんと可動橋も! ただ、シカゴからニューヨークにかけては可動橋は珍しくも何ともないことを、後々思い知ることになりますが。


 貨物線が分岐。


 再び水辺へ。川幅が広くなってきます。


 今度は操車場へ。ラウンジカーの窓から眺める操車場と云うのもアメリカらしい景色と云えないでしょうか?
(大自然よりこっちがいい! と思う地点で病んでますが)
posted by 西方快車 at 13:23| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月12日

【米:第6日目の1 2009/0929】ハイアワッサ篇……じゃなくてエンパイア・ビルダー篇7:St Paul駅で出会った、憧れのスカイトップにスーパードーム!

 座席連泊4泊目をすごし、目覚めて身支度して7時くらい。
 7時過ぎに停車したSt Paul駅は45分の長時間停車。「鉄的に何かあれば良いな……」とは思っておりました。何か、というのは貨車とか留置のディーゼル機関車とか、保存蒸機とかその程度の話です。

 しかし、入線時に何か「とてつもなく特徴ある形状」のオレンジ色の客車が見えたのです! ひょっとして……?

 
 未だまだ空の色は重い。降りて「一服」の人たちも多数。


 編成後部を眺める。左方に見える、あの姿は?

 とても有り難いことに、接近・撮影も容易そうな雰囲気! 


 !!!


 !!!!!!
 ミルウォーキー鉄道の「ハイアワッサ」に使われたスカイトップ展望車に、スーパードーム! 
 アメリカでは古い展望車・ドームカーの多くが観光会社の私有車として用いられて結構な数が「現役」であるとは聞いていました。またロスアンゼルスでもそうした古典展望車を既に見ています。

 しかし、スカイトップという大物に逢えたとは……。
 傾斜・後退角・流麗さにおいて隙のない流線型。そして屋根にいたるまで2段に窓ガラスを並べた、他に喩えようのない孤高の形状。SF的といっても良い。

 「写真で楽しむ世界の鉄道 アメリカ2(1962 交友社)」で見た時のインパクトは相当なものでした。
 それが今、目の前に留置されている。さぁ撮ってと言わんばかりに!


 列車「ハイアワッサ」については、以下参照願います。http://en.wikipedia.org/wiki/Hiawatha_(passenger_train)

 ミルウォーキー鉄道では幾つかの列車に「ハイアワッサ」の愛称を使っていましたが、特に有名だったのはシカゴ〜シアトル〜タコマ間の大陸横断の長距離列車(3525km/所要48時間)「オリンピアン・ハイアワッサ」。運行区間的にはまさにグレートノーザン鉄道の「エンパイア・ビルダー」のライバル。
 ロッキー山脈、カスケード山脈越えの電化区間も走行したりと特徴的な列車でしたが、1961年に廃止。幸いにもスカイトップ展望車とスーパードームはCN(カナダ国鉄)に売却、「スーパーコンチネンタル」で再起します(1970年代なかばに引退)。
 もう一つ有名だったのはシカゴ〜ミネアポリス間の昼行列車(680km/所要7〜8時間)としての「モーニング・ハイアワッサ」「アフタヌーン・ハイアワッサ」2往復。こちらは1971年の旅客営業撤退まで残りました。

 ちなみに後者、昼行列車の「ハイアワッサ」も「エンパイア・ビルダー」とは無関係ではありません。
 アムトラック成立後の「エンパイア・ビルダー」は、St Paul(ミネアポリス)からシカゴまでの区間をバーリントン鉄道経由からミルウォーキー鉄道経由に改め、「(ミネアポリス発シカゴ行き)モーニング・ハイアワッサ」「(シカゴ発ミネアポリス行)アフタヌーン・ハイアワッサ」のスジをなぞって運行している由。
 本数は半減し、かつてのライバルに統合されてしまったものの、列車としての「ハイアワッサ」は今も生き続けていると。

 また、1989年から「ハイアワッサ」の名称は、アムトラックの「Hiawatha Service」というシカゴ〜ミルウォーキー間(138km/所要1時間半)の短距離列車で復活しています。
 格落ち感は否めませんが、1日7往復体制でそこそこ盛況の模様。
http://en.wikipedia.org/wiki/Hiawatha_(Amtrak)




 「ハイアワッサ」の客車については以下を参照願います。(写真・形式図などもあり。車歴も辿れます!)
http://www.trainweb.org/hiawatha/passenger.html

 「Skytop Lounges」は1947-48年(昭和22年!)に、寝台展望車として6両、パーラー展望車として4両が製造。前者はオリンピアン・ハイアワッサ、後者はモーニング/アフタヌーン・ハイアワッサに使われた由。
 前者は列車廃止に伴いCNに売却。後者はアムトラックの車籍は貰えず、3両が売却、1両が解体(火災が原因)されてしまいました。
 現在、寝台展望車の方は3両が1977-78年に解体されたものの、2両が静態保存、1両がレストア中。
 パーラー展望車は1両が早期に解体済。1両が保管中。1両が静態保存。残る1両は「現役」。

 こちらも参照。
http://www.trainweb.org/web_lurker/MILWf/

 「Super Domes」は1952年に10両製造。やはり6両がオリンピアン・ハイアワッサ、4両がモーニング/アフタヌーン・ハイアワッサに使われました。前者6両はCNに売却。後者4両はアムトラックの車籍を得ましたが長くは使われず、早々に売却されてしまいました。
 その後、CN組も引退、売却……売れなかった1両が早期に解体された他は、アムトラック組ともどもが纏めてアラスカに集った時期もあった模様。しかし、21世紀に入ってからはアラスカからも引退……それでも更に売却され、2010年現在も保存鉄道や私有車両として7両が現役とか。
(残る1両は保管中、1両は放置の末に解体されてしまいましたが、それでも驚くべき残存率! ドームカーの「商品価値」が伺えます)

http://www.trainweb.org/web_lurker/MILWf/
 こちらも参照。




 旧186号「Cedar Rapids」。10両製造されたスカイトップ展望車の中で、レール上で「現役」なのはこの1両のみ。昼行用で車内は1−1配置の「パーラーカー」スタイル。
 
 車歴。
http://www.trainweb.org/hiawatha/cedar.html
 1970年の引退後、なんと1985年まで保管されていました。売却を何度か経て1999年に観光会社"Friends of the 261"の所有になり、今に至ります。
http://www.261.com

 車内写真はこちら。
http://www.trainweb.org/hiawatha/skytop5.jpg
 昔の写真と思われますが、今も大きく改装はされていないはず?

 形式図はこちらより。
http://www.trainweb.org/hiawatha/rapidsd.jpg
 24名のパーラーシートと、5名の個室(デイ・ドローイングルーム)、そして展望席。


 強烈な面構え。テールライトが真ん中に1つ、という配置はインパクトがあります。そのうえ、このライトは追突事故防止のため、停車中・低速走行中は点滅したとか。
 左のジャンパ栓は電源供給用?の様で、地上のポストに繋がっていました。


 左がスカイトップ。右がスーパードーム。
 ドア窓やトイレ窓が丸いのも、この客車ではもはや印象に残らないレベル……。


 切り抜きのエンブレム。
 ハイアワッサの由来はモーホーク族の長の名より。

 800040というのはアムトラックで「私有客車」に付けた番号です。


 旧53号。
 カナダ国鉄(CN)に売却後、1978年にVIAに移管。1982年に引退。
 その後は観光会社や鉄道博物館の売却を繰り返し、2005年に観光会社"Friends of the 261"の所有になり、スカイトップ展望車とお揃いになりました。
 なお、その間の2001年にドームの窓の一部を「非常窓」に改造しています(ドアの全くない車両であるため、安全面で要求された)。

 車歴。
http://www.trainweb.org/hiawatha/53.html

 形式図(原型)。
http://www.trainweb.org/hiawatha/domed.jpg
 1階は軽食堂、2階は全て前向き座席になっていました。CN時代に2階の一部をラウンジタイプのソファーに変更したという話もあるのですが、現在のこの車はどうなっているのやら?


 スーパードーム車の台車。重厚な3軸ボギー。
 車体全長にドームのあるフルドーム客車はグレートノーザン鉄道・ミルウォーキー鉄道・サンタフェ鉄道・サザンパシフィック鉄道の4社が導入しましたが、全て3軸ボギー台車付きでした。
 

 スーパードームの隣は重厚なヘビィーウェイトの展望車。


 調べてみましたが、GNW&Bが所有する"Gritty Palace"ということしか分かりませんでした。
(所有者が観光会社なのか、何らかの団体か、或いは個人か? 「プライベートカー」の定義も難しいものです)


 台車。一見軸バネ式に見えますが、よくみると内側にイコライザーが見えます。ちょっと不思議な台車です。

 その隣が、不思議な形状をした展望車。
 スムーズサイドの近代的形状に、オープンデッキというアンバランス。


 よく見ると、室内灯も点っています。これから何処かに出発するところなのか、或いは一夜をこの駅で明かしたところなのか……???

 所有者(社)のホームページ見つけました。内部写真もあります。
http://www.highirontravel.com/caritas2.htm
 アンバランスな形状は、通常の寝台車を展望車に改造したため。

 この車は個人でも借りられる様です。1日4500-6000ドル、留置時は1日1000ドル。料金は運賃・食事など全て込み。ちなみに定員8名。8人で乗れば意外とリーズナブル? 或いは一生の記念になるような旅に使うこと考えれば……手が出ない値段ではない??

 アムトラックの列車に連結するほか(原則として最後尾に連結!)、カナダのVIAやメキシコへの直通もアレンジできます、と。
 あと、用途のひとつに「有権者を惹きつける、選挙キャンペーンに」というのもアメリカらしい。


 それにしても、これらの希少な?車をみて大喜びしている「エンパイア・ビルダー」の乗客はどうやら自分だけのようで、タバコ吸いに降りた人たちも殆ど無関心でした。


 St paul駅舎。実用本位。


 座席/荷物合造車(1階が荷物室)からの荷扱い。


 たぶん朝食準備中の食堂車。資材を積み込んで、そしてゴミを出して。


 先の夢のような車両を見た後で、現実に引き戻すスーパーライナー(笑)。良い車なんですけどね、でも相手が悪すぎですよ……。


 お馴染みのカヴァードホッパ車。個体差とかヴァリエーションは相当にある模様。


 3両並んでれば、どこか微妙に違うかたちをしています。
 

 出発前に斜め上から名残の1枚。目線はスーパーライナーの2階席。


 Pt paul出発直前。ラウンジ車は何故かガラガラ。写真撮りやすくて助かります……。
posted by 西方快車 at 19:20| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月10日

【米:第5日目の5 2009/0928】エンパイア・ビルダー篇6:1時間か2時間走ると集落があって、小さな駅がある/今度は良かった。食堂車での夕食

 1時間か2時間平原を走ると、小さな駅に停車。
 これが「エンパイア・ビルダー」のリズムのような気がします。

 1日1本の列車でも何とか生活圏を繋いでるという感じ。で、小さい駅でも数名の乗り降りはありますし。


 Wolfpointの集落が見えてくる。


 アメリカの内陸部って、日本からの心理的距離感は相当なものがあると思うのです。まず、身近じゃない。それに全然知らない。
(町山智浩氏のアメリカエッセイに云わせれば「普通の日本人が知ってるアメリカは大都市とせいぜいその近郊、観光地だけだ」とのこと。自分もその意味じゃ十分普通ですので)

 まぁ、アムトラックのルートは内陸といっても未だまだ「開けて」いるのかもしれません。それに村とか町に無人でも1日1本でも駅と旅客列車の便があることの意義は大きいのでしょう。


 Wolfpoint駅。昔は狼が出たんでしょうか?


 ここらの駅には必ず穀物?のサイロと積み込み設備があります。
 

 また、平原へ。
 見事なまでに地平線はまっすぐ。大型のキャンピングカーもこんな土地には似合うものです。


 そろそろ日が傾いてきます。
 「地層」というのが凄く分かりやすい岩山。


 たまには、水辺もあり。


 石油掘りの井戸? こんな古風なものが未だ稼働中です。


 岩山。現実離れした景色は感動に値するのですが、あんまり心動かなかったのは連続することでの「疲れ」でしょうか。


 広大な放牧地。
 1947年に導入された「エンパイア・ビルダー」編成のカフェ・ラウンジ車は放牧地の丸太小屋を意識したインテリアだったそうで(「写真で楽しむ世界の鉄道 2」より)。外形は流線型客車ですからミスマッチは狙いのうち?
 でも、こんな景色を「借景」にすれば様になりそう。


 また1時間ほど走って、willistonの集落があって駅があって、そしてまた積み込み設備。
 これで19時位。


 先にも記しましたが、意外と貨物列車見る機会は少ないのです。
 BN(バーリントン・ノーザン鉄道)のカラーリング(緑)とマーキングの残るカヴァード・ホッパー車。


 同じくBN時代の表記・カラーリングのカブース。
 キューポラに手すり、煙突、ブレーキハンドルとカブースの必要条件を尽く満たした車。

 カブースは1980年代に多くの列車から外されているはず……なのですが、今も事業用車として残されてるケースは多いようです。
 

 今のBNSFのロゴマークは……SNCF(フランス国鉄)のように見えてしまうのは偏見でしょうか? 




 willistonの駅舎。レンガの立派なもの。
 ここでも多少の乗車があります。


 保存蒸機。
 そういえば、アメリカでは蒸機時代の給水塔はまったく見かけませんでした。
 保存なのか再活用なのか、とにかくやたらにレンガ造りの給水塔みかけたロシアとは対照的です。

 模型などでみる限り、アメリカの給水塔は木製が多かった模様? だとすると蒸機時代が終わったらあっさり解体されてしまったのかもしれません。


 そろそろ日の沈む頃。
 食堂車の予約も取り、ラウンジで時間つぶし。
 14ドルのローストチキンを選択。どの食堂車にもある定番です。
 他は17.50ドルの魚料理(なんだったか聞き逃しました)
 22.50ドルのステーキ。
 16.75ドルの「本日のスペシャル」(これも内容聞き逃した……)。
 あとはキッズメニューとベリタリアンメニュー。

 デザートのアイスクリームは2ドルですが、ハーゲンダッツ! 農業国じゃ安いんでしょうね……。


 パンとサラダ。


 メイン。骨付きレッグがニ本ですから凄い量。かぶりつくのは好きではないので、ナイフで身を解してから頂きましたが、アメリカ人的には変な食べ方なんでしょうか……?
 味は……普通(笑)。正直いうと、味わってる余裕もないのです。相席者と「英会話」しながら。そして量との戦いもありますから。でも昼のこと思えば普通は大事です。それにしてもこれで14ドルは安い(もちろん、何度でもおかわり次いでくれるコーヒー付きで)。

 食事終えて(座席車客は後回しなので遅め。20時過ぎ)、席に戻って気がついたら寝てました。
 翌朝まで、全然記憶がないのです……。

 ちなみに、深夜でも1時間に1回ほど停車して集落の客を「拾って」行きます。
 寝台・食堂・ラウンジにワイドなリクライニングシート……豪華な長距離列車のイメージのある「大陸横断列車」というのは、案外ローカルな乗り物。日本で云えば特急「北斗星」ではなくて、急行「八甲田」+「はまなす」辺りに喩えた方がしっくりきます。
 或いは、特急「トワイライトエクスプレス」が座席車(多分グリーン格下げ)併結してて食堂車がリーズナブル(笑)、停車駅が急行「きたぐに」並と考えても良いのかもしれません。

 こういうアムトラックは好きです。
posted by 西方快車 at 19:07| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月04日

【米:第5日目の4 2009/0928】エンパイア・ビルダー篇5:まずくて高い「弁当」とか。車内設備詳細など。


 「エンパイア・ビルダー」でもラウンジ車には何度か足を運びました。
 内装がダークブルーなのは「スーパーライナー1」の特徴であり、「スーパーライナー2」では白い内装に変更されています。ただ、シートレイアウトなどに差はありません。階上の2/3は窓向きのソファ、残り1/3が食堂車同様のテーブル席です(全席窓向きソファの車もあるらしいのですが、ついに出会わず)。
 なお、「エンパイア・ビルダー」では階上のカウンターでの飲み物の販売が行われています(他の列車では階下の売店のみの営業)。


 大規模な更新などは行われておらず、1980年代的な雰囲気をよくも悪くも残した車でもあります(ガンダムとかスターウォーズ的な雰囲気?)。1970年代末〜1980年代前半の製造なので、日本なら何らかのリニューアルが行われていそうなものなのですけど。
 

 Havreを出た先には機関庫地区。「貨車飢え」は所詮前菜、メインは機関車ハント! とはいえ光線状態最悪で写真は補正しまくってますが。
 本線本務機用の大型機。グレートノーザン由来のカラーリングは、GNが合併でBNになり、更にBNSFになっても生き延びています、というよりこのカラーリングの機関車が一番多く見かけました。「湘南色」(の元ネタ)は永遠に不滅です(笑)。


 フロントの塗り分けはATSF……サンタフェ鉄道流儀ですね。今のBNSFカラーはATSF風味のGNと云えばいいのでしょう。やっぱり伝統色は写欲を誘います。


 右にちらりと見える機関車はサンタフェ鉄道の赤と銀の塗り分けです。


 構内でみた、原木積みのフラットカー。この積み方だと前後に控車が必要になってしまいますね。


 BNのマーキングを残すタンク車。黄色い縦帯はアメリカの石油系タンク車ではしばし見かけた表記ですが意味不明です(何方かご教示お願いします!)。
 タンク車自体は完全フレームレスの大胆な造り。また、車両限界が大きいため日本の石油系タンク車のように無理して異径胴で容積稼ぐ必要はないようです。


 車輪いっぱい。錆びてるので廃品でしょうか?


 入換用と思しき、一回り小さな機関車。小さなといっても台湾辺りなら本線で急行牽いてるレベルですが。


 機関区のお約束、操重車。

 さて、そろそろ昼食。食堂車は朝に行ってるし夜も利用予定なので、昼は気分変えてラウンジ階下の売店で「お弁当」を買ってみました。座席車の客は食堂車より、寧ろこっち利用してる人も少なくないですし。

 ちなみに10ドル。思ったより高い。スーパーライナー1のラウンジ車の売店はカウンター越しに商品手渡しするシステムゆえに、価格が分かりにくいという欠点があります。
 話のタネにと思わなければ「のーさんきゅ、そーえくすぺんしぶ!」とか云って売店のおっさんにつき返してたところでした。


 中身。いうまでもなくフライドチキンとレタス、カットフルーツ、パン、そして右上の怪しいブツはケーキです。

 味は……最悪のレベルでした(パンも肉もパサパサ。まぁ食えないレベルじゃないですけど)。半額の5ドル返せ……5ドルなら許せるシロモノですから。
 ちなみに食堂車でのランチは7.75ドル〜9ドルでコーヒー付き(で、そこそこ美味しい)。アムトラックでは三食とも食堂車で正解だと思うのでした。


 乾いた平原が続くのですが、たまに水辺があります。




 水辺の回りだけ植生があるのが、日本にはない景色。


 平原。見事になにもない。


 退屈してきたので、車内の設備を撮影しておくことに。

 従業員用に確保された座席の表示。


 「この座席は二人でご使用ください」との表示。号車指定の半自由席ですから、こうした形で二人客が並んで席を確保出来るように配慮している由です。




 階下への階段。


 トイレ、出口、カフェ(ラウンジ)の案内看板。


 階段はかなり草臥れている印象。シートモケットや絨毯は痛んでいないのですが、階段までは整備の手間と予算が回らないのでしょうか?


 階下の通路。左右に昇降口。奥には1階客席があり「身障者優先」の注意書きがあります。
 実際に車椅子や杖をついた人の利用もあるので、この注意はかなり意味があります。

 通路の左側は荷物置き場。右手に階上への階段。


 階下のトイレなど。右は身障者用。身障者用以外は狭いのが難(飛行機同様)。車に依っては更衣室付きのトイレもあり、そこはそこそこ広くて利用しやすいです。
 トイレはこまめに清掃され、不快感はなかったです。


 ドア周りの注意書き各種。「ドアの窓を開けるな」。非常時の窓の外し方など。しかし簡単に窓のHゴムって外れるものなんでしょうか? 車体と内装材は不燃性に見え、火災などの心配は少なそうなんですが。


 水辺は写欲を誘います……。


 ダムというか堰。


 多少は緑が戻ってきました。


 平原の向こうには村(Glasgow)が見えてきます。
 村には、小さくとも駅があります。


 小規模な穀物サイロ。


 こんな村でも、ロードサイドにはマクドナルドがあります。昼が最悪だったので(苦笑)、あの看板でさえ羨ましい(笑)。


 こんな村でも中華料理屋が。昼が……(以下省略)。


 先のとは別に大きなサイロもありました。
 日本でいう「アント」のような小さな入換機関車が印象的です。他の場所ではみませんでしたから、珍しいものなんでしょうか?


 流れるコンテナは中国から。


 村を離れ、ふたたび、平原へ。
posted by 西方快車 at 20:32| Comment(0) | 2009 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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